エピローグ:公爵夫妻の、あつあつな日常
あれから、数年の月日が流れた。
私、オリヴィア・フォン・ヴァルテンベルクは、氷血公爵レオニールの妻となり、二人の間には、レオニールそっくりの黒髪と、私によく似た好奇心旺盛な瞳を持つ、元気な男の子が生まれていた。
かつて極寒の不毛の地とまで言われたヴァルテンベルクは、今や「美食の都」として王国中にその名を知られるようになっていた。その中心にあるのは、もちろん私が興した「オクト・スマイル」。今では王国中に支店を持つ大企業に成長し、貧しかった多くの人々に職と安定した生活をもたらしていた。
公爵夫妻となった私たちだが、暮らしぶりは以前とあまり変わらない。特に、休日には家族三人でキッチンに立ち、一緒にたこ焼きを焼くのが、我が家の恒例行事になっていた。
「父上! もっと早く返さないと焦げます!」
「む……難しいな、これは」
幼い息子にダメ出しをされながら、不器用にたこ焼きを返そうとするレオニール。その姿は、とてもじゃないが、他国にまでその名を轟かせる「氷血公爵」とは思えない。彼は相変わらず無愛想だが、私と息子に向けるその眼差しは、どこまでも深く、温かい愛情に満ちている。
幸せな家族の笑い声が、公爵城の温かい居間に響き渡る。
一方、王都では。
王位を継いだクラウスは、若き日の過ちを糧とし、私情を排して国事に専念する、賢君として評価されていた。彼は多くの貴族令嬢との縁談を断り続け、生涯独身を貫いていた。時折、執務の合間に北の空を見上げては、何かを懐かしむように、そして何かを諦めるように、静かに微笑むのだという。
私は、ヴァルテンベルクの青く澄んだ空の下、庭のテラスで、熱々のたこ焼きを一つ、頬張った。
外はカリッ、中はトロッ。秘伝のソースの香りが、口いっぱいに広がる。
離婚と追放。人生最悪だと思ったあの日。あの出来事がなければ、この最高の幸せは手に入らなかった。人生、何が幸いするか、本当にわからないものだ。
「オリヴィア、口の周りにソースがついているぞ」
レオニールが、ハンカチで優しく私の口元を拭ってくれる。
「ありがとう、あなた」
私は彼に微笑み返し、空に向かって、心からの笑顔を見せた。
私のたこ焼き人生は、これからも、熱々で、美味しくて、幸せな味がするに違いない。




