番外編1:氷血公爵は一目惚れしていた【レオニール視点】
全ての始まりは、あの忌まわしい夜会だった。
王太子クラウスが、聖女と呼ばれる小娘の言葉を鵜呑みにし、自らの妃を断罪する茶番劇。俺は、中央の貴族たちの馴れ合いに辟易しながら、壁際の闇に紛れてその光景を冷ややかに眺めていた。
オリヴィア・フォン・クライネルト。当時の王太子妃。彼女のことは、以前から知っていた。
政略の道具として王家に嫁がされ、夫からは冷遇されている。そんな噂は俺の耳にも届いていた。だが、彼女はただのか弱いお飾りの姫ではなかった。王宮の書庫で、彼女がヴァルテンベルクのような辺境の地の統治や、寒冷地農業に関する古い文献を、熱心に読み込んでいる姿を、何度か見かけたことがあったのだ。
自分の務めを果たそうと、見えない場所で懸命に努力する、聡明で、芯の強い女性。それが、俺の抱いていたオリヴィアへの印象だった。だから、密かに好感を抱いていた、と言ってもいい。
その彼女が、今、絶望的な状況に立たされている。
普通なら、泣き崩れ、許しを乞うだろう。だが、彼女は違った。一瞬の戸惑いの後、すっと背筋を伸ばし、涙一つ見せずに、毅然と、全ての不条理を受け入れたのだ。その瞳には、絶望ではなく、誇りと、そして未来を見据えるような強い光が宿っていた。
その姿に、俺は完全に心を射抜かれた。
――この女性を、このままにしてはおけない。俺が、守らねば。
その一心で、俺は夜会が終わるとすぐに行動を開始した。国王陛下に謁見し、「追放される彼女の身柄は、ヴァルテンベルクで預かる」と申し出たのだ。罪人の引き受け先に、わざわざ過酷な辺境を選ぶ者はいない。俺の申し出は、すんなりと受け入れられた。全ては、水面下で、彼女には知られぬように進めた。
辺境の小屋で、彼女の自給自足の生活が始まった。俺は「視察」を口実に、毎日彼女の様子を見に行った。泥だらけになりながら畑を耕し、森でたくましく食料を調達する姿。王宮にいた頃よりも、ずっと生き生きとして見えた。
そして、あの日。彼女は、厄介者の魔物「モリダコ」と格闘していた。あの不味いとされる魔物を「食材だ」と言い切った彼女の目は、輝いていた。
そして、初めて彼女が作った「たこ焼き」という料理を食べた時の衝撃は、今でも忘れられない。甘く、辛く、複雑で、しかし完璧に調和した味。何より、それを差し出す彼女の、誇らしげな、太陽のような笑顔。
俺の、凍てついていた世界が、その一皿と、その笑顔によって、色鮮やかに変わった瞬間だった。
彼女の屋台が成功し、彼女が「ヴァルテンベルクの星」と呼ばれるようになるたび、俺の胸は誇らしさで満たされた。
俺が無愛想なのは生まれつきだ。甘い言葉など、口にしたこともない。だから、俺は俺のやり方で彼女を守ると決めた。彼女の事業を守り、彼女に近づく全ての害悪から、この身を盾にしてでも守り抜くと。
王都での決戦。彼女が過去と決別し、俺のいるヴァルテンベルクを選んでくれた時、柄にもなく、天にも昇る気持ちだった。
俺のプロポーズに、彼女が涙を浮かべながら「はい、喜んで」と笑った顔は、一生の宝物だ。
俺の人生は、あの日、あの夜会で、彼女に一目惚れした時から、ずっと彼女へと続いていたのだ。この幸せは、決して手放さない。




