第十章:王都凱旋と、交錯する想い
数週間の準備期間を経て、私とレオニール公爵は、ヴァルテンベルクの精鋭騎士たちに護衛され、王都への道を往った。私の相棒である特注の鉄板はもちろん、最高のモリダコやソースの材料、そして信頼できる従業員たちも一緒だ。
王都の城門をくぐった瞬間、懐かしいような、それでいて全く違う街のような、不思議な感覚に襲われた。
私たちの到着は、すぐに王都の社交界の知るところとなった。
そして、建国祭の前夜祭として開かれた夜会で、私は再び、あの断罪の場に集っていた貴族たちと顔を合わせることになった。
彼らは、私の姿を見て、一様に息をのんだ。
きっと、追放された悪役令嬢が、やつれて、みすぼらしくなって帰ってくるものと想像していたのだろう。
しかし、彼らの目の前に現れた私は、辺境での労働で引き締まった体に、自信に満ちた表情。レオニール公爵が見立ててくれた、ヴァルテンベルクの冬の夜空を思わせる深い青のドレスを纏い、背筋をすっと伸ばして立っていた。かつての儚げな公爵令嬢の面影はなく、洗練された大人の女性の雰囲気が、そこにはあった。
「まあ、オリヴィア様……お変わりなく……いえ、以前よりもお美しくなられて……」
かつて私を冷たい目で見ていた夫人たちが、今では媚びるような笑みを浮かべて擦り寄ってくる。私は、そんな彼らに臆することなく、堂々と、しかし穏やかな微笑みで挨拶を交わした。
そんな喧騒の中、私の視線は、ホールの中央に立つ二人の人物に釘付けになった。
王太子クラウスと、聖女リリアナ。
クラウスは、私の姿を認めた瞬間から、時間が止まったかのように立ち尽くしていた。彼の瞳には、信じられないものを見るような驚きと、戸惑い、そして……何か痛みを堪えるような色が浮かんでいた。目の前の、自信に満ち溢れた美しい女性が、かつて自分が蔑ろにし、ゴミのように捨てた妻と同一人物であることが、にわかには信じられないのだろう。
さらに、彼の視線は、私の隣に影のように寄り添い、周囲に鋭い警戒の視線を送るレオニール公爵へと注がれる。その独占欲を隠そうともしないレオニールの態度に、クラウスは、生まれて初めて知るような、形容しがたい嫉妬と焦りの感情に襲われていた。
一方、リリアナは、私の堂々とした姿を目の当たりにして、扇の陰で唇を噛み締めていた。その瞳には、嫉妬を通り越した、激しい憎悪の炎が燃え上がっている。
(なんなの、あの女……! もっと惨めな姿で、私の前にひれ伏すはずだったのに!)
彼女は、表面上は穏やかな微笑みを崩さず、私に近づいてきた。
「オリヴィア様、お久しぶりですわ。辺境でのご活躍、素晴らしゅうございます。わたくし、自分のことのように嬉しいです」
その白々しい言葉に、私は静かに微笑み返す。
「ありがとう、リリアナ様。あなたのおかげで、私は自分の天職を見つけることができましたわ。心から、感謝しています」
皮肉を込めた私の言葉に、リリアナの笑顔がわずかに引きつった。
彼女は、この夜会の主役が、自分ではなく私になっていることに、我慢ならなかった。明日の食覧会で、必ず、この女の鼻をへし折ってやる。彼女はそう固く心に誓い、すでに手配済みの、姑息で卑劣な策謀に思いを巡らせるのだった。
過去と現在。後悔と嫉妬。そして、新たな愛と誇り。
様々な想いが交錯する中、運命の食覧会の幕が、静かに上がろうとしていた。




