アルファケンタウリに
それからアルファケンタウリ到着までは、二日かかった。周囲をアルファケンタウリの護衛艦隊に囲まれて。
地球人使節団の体調を考え、通常航行で向かう事になったからだ。
おかげで、寝込んでいたメンバーも、到着時には、すっかり体調を回復させることができた。
ナイン星にはサシムから、王女奪還の報を送った。高速の極秘通信で、マナ特使と、艦長のサージの署名と、王女の私信も添えられた。
ごたごたが落ち着いた後、山田は部屋を抜け出し、立花の部屋のインターフォンを押した。
「立花さん、相談したいことが有ります。少しお時間を頂けませんか」
彼はすぐにドアを開けて、自分の部屋に山田を招き入れた。
「何でしょう。何かありましたか?」
「ええ、気になることがいくつか。多分とても大事な事だと思います。どうしたらいいのか、誰に伝えていいのかわからないんです」
山田はまず、敵艦に飛び込んだ時に、クルーたちの気が見えた事。艦長らしき人物の気を握りつぶしたら、その場に倒れたことを話した。
「今までは、気が見えることは無かったです。これが新しく出現した能力なのか、アンドロメダ星人限定で見えるのかはわかりません。でもこれは攻撃の能力で、しかも、かなり危険な力です。だから、それを周囲に伝えていいものかどうか」
「握るっていうのは、どんな感じにですか」
「体の周囲に見えるオーラみたいなものを、手でぎゅっと掴むような具合です。凄く怒っていたので。でも、艦長が急に倒れるのを見て怖くなりました」
立花は考え込んだ。それからゆっくりと言う。
「しばらく、内緒にしましょう。帰国して、宇宙局のコアメンバーに調べてもらう必要がある。この話は慎重に扱わないと危険です。離脱に伴う力は、まだ他にもあるのかもしれませんね」
「そうですよね。計器類が乱れるなんて、今まで一度も無かったのに。もしかしたら、僕が怒っていたせいかな」
「山田さんの精神エネルギーは、非常に大きいです。コントロールを覚える必要がありそうですね。それも考えていきましょう。私が手伝う事が出来るかもしれません」
そう言ってニコッと笑う。
ごくあっさり対応してもらえたのが嬉しくて、山田は、少し気が軽くなった。
アルファケンタウリに着く前日、みんなの体調が整った後、ジェイと立花は日野と小森、水野、高橋、マナを集め、サシムの星の王女を人質とした陰謀について話した。
「なんだって! そんなに前から、仕組まれていたってことか」
いつもピシッと整えている髪の毛がぼさぼさの日野は、動揺したのか指を髪に突っ込み、更にぐしゃぐしゃにした。
マナはその手を掴み、膝に戻させている。
「それだけ、あっちは本気で懸念しているってことよ。実際にあの時、計器に異常が出たのでしょう? それだったら、以前に私が言った以上に、実際的な被害を与えられるってことよね」
「多分、僕が本当に怒っていたせいです。普段ならそんなことは起りません。それをコントロールできるよう、立花さんが修行を付けてくれることになりました」
「ぜひ、よろしく願いしますね。その状態に陥ったら誰にもどうにもできませんからね」
高橋が笑った。
「凄すぎて怖いね。飛行機に乗っていて、サービスに腹たてて離脱したら飛行機が落ちた、なんて洒落にもならないよ。そうしたら乗っているジェイもただじゃすまないから、気を付けてね」
小森が後を継いで笑いながら言った。図太さはぴか一だけど、デリカシーとかはどこに行ったのだろう、と山田ですら思った。
皆、呆れて小森を睨んだ。
調印式の三時間前に、アルファケンタウリに着いた山田たちは、すぐに少し離れたところに停まっている、大型のエアカーに案内された。
周囲にはジェイを一目見ようと人々が集まっていたが、それを抑える部隊が出ていて、ガッシリとバリケードを組んでいる。
外見からして色々な星の種族が集まっているようだ。
地球の使節団一行が姿を現すと、大歓声が上がり、興奮が一気に高まっていく。
歓迎の歓声に、襲撃に対する非難の言葉が混じっている。
それが暴動が起こりそうな不安定なものになるのに、時間はかからなかった。
「だから姿を見せるルートは駄目だと、あれほど言ったのに」
先頭を行くマナが、先道するきらびやかな制服姿の兵士たちを睨みつける。
護衛の三人がジェイを囲むように場所を移した。
立花が日野に何か告げると、日野が小走りにマナに近づき、一緒に戻ってきた。
マナが小さな機械をジェイに見せた。
「これでひとこと静まれって言ってもらえませんか」
立花が言葉を足した。
「挨拶の言葉、一言だけでいいです。その後に、私が少し付け加えますね」
機械は多分、拡声器のようなものだろう。マナが調整してから手渡してくれる。
立花が山田の肩を軽く掴んだ。これが姿勢の矯正なのだが、たぶん誰も気づかないだろう。それほどさり気ないにも関わらず、これをすると、ジェイが最もジェイらしくなる。
「皆さん。歓迎ありがとう」
一瞬静まった後に、ワッと声が上がった。その声からは、それまでの危うげなものが消えていた。
立花が拡声器を受け取った。
「今から調印に向かいます。私たちは使節団に守られ、無事にこの地に降り立ちました。使節団の働きと、この星の皆さんに感謝します」
ワーッという歓声で辺りが埋め尽くされ、一行はその中を、足早にエアカーまで進んだ。
それまでの天の川銀河使節団に対する罵倒は、すっかり消え去り、称賛の声に変わっている。
興奮しきっているせいか、気分の変化が怖いほど激しい。
「やれやれだな。歓迎されすぎるのも問題だ」
エアカーに乗り込むと、日野はメガネを外して、座席に深く沈んだ。
「立花さんのおかげで、ジェイに興奮した人々も、襲撃に憤慨した人々も納得しました。ありがとう」
マナは感謝の目で立花を見つめる。他の乗組員も同様だ。
遠回りしたあげく、何者かに襲われ、地球人使者たちを危険に晒してしまったのだ。
非難されても、言い訳できない。
それが立花の言葉で、『よくやった』に変わった。すごい人心操作力。
山田も憧れのまなざしを立花に向けた。
(この人の役に立ちたい。僕に出来ることってなんだろう)
今まで何回も考えた同じことを、この時も考えた。
「ジェイが場の雰囲気を変えてくれたおかげです。あれは誰にでもできるわけではありませんから」
立花はいつも通りだ。いつもフラットでいられる、その精神力が凄い。
「立花さんは若いのに、高僧のような鋼の芯を持っているね。どうやったら、そんなふうになれるんだ?」
小森が感心している。
山田も何か言おうとしたら、スッと立花の手が伸びてきた。
ここで山田を出してはいけない。周囲にはマナたちや護衛もいる。そう気付いた。
この不便さもあと少し。調印が終わって地球に戻れば、ジェイは消える。
山田は心の底からうれしかった。だから肩の力を抜いて、ふっと微笑んだ。
その途端に、フロンが飛び掛ってきた。
さすが優秀な戦士で、ジェイには避ける間もない。
それを阻止してくれたのはケリーだ。彼女も優秀なので、体の反応速度が違う。
ガッチリと組み合い、睨み合っている。
「油断も隙もあったもんじゃない」
「そのまま返すわね」
サシムだけが、一人大人しく座っているのが、かえって浮いて見えた。彼は王女を救出した後、気が抜けたようにぼんやりしている。
「ねえ、もし他の二人が、二人がかりでジェイを襲ったら、サシムはどうするの?」
際どい質問を投げたのは水野だ。単純に聞きたいから聞いたのだろうが、全員がたじろいだ。




