通信室、高橋通信主任
山田が二度目の離脱体験をした一時間後、宇宙船から政府に緊急連絡が入った。緊急連絡が入るのは、初めての事だ。
通信主任技師の高橋は、すぐに日野を呼び出し、交信の準備を整えた。
日野は、今日のネクタイを美人秘書から褒められたと、ご機嫌な様子でモニターの前に立った。
「マナ特使。お久しぶりですな。今日は、会議についての打ち合わせでしょうか」
対するマナは、興奮し、焦っている。
「それどころじゃありません。今日、同じ飛行物体が現れました」
「えっ、例のファーストコンタクトの主ですか? どこに?」
「精神生命体を想定して、手探りで実験をしていたのですが、とうとう、実験の一つにそれが応えたのです。呼びかけに答えてそれがやって来て、実験場の周囲を飛び回ったそうです」
日野は目を剥いている。コントロールルームで同時に聞いている高橋も、驚いて椅子から滑り落ちそうになった。
日野が高橋に音声カットの合図を出し、こちらに問いかけて来る。
「いつの間に、誰が、なぜ? 何か聞いているか?」
どれに対する答えも、高橋は持ち合わさない。黙って首を振った。
「今集めているメンバーはハズレで、全然別人物ってことか」
そう言って、日野はぐっと拳を机の下で握りしめている。
そこに一通のメールが届いた。高橋はそれを開くと、目をカッと見開いた。すぐにタブレットを手にモニター室に駆け込む。
「地球サイドは、未だに……」
そう言い掛けた日野の前に、高橋はタブレットをスッと差し出した。
離脱研からの報告メールだが、報告書らしからぬ赤の大文字が、そこに並んでいた。
『 本日午前十一時五分
なんと、実験中に被験者が離脱!!
※ 現在、詳細を検証中 ※ 』
「これだ!」
日野は思いっきり胸を張って、マナに向かい合った。
「候補者の一人が本日、十一時五分、実験中に離脱、という報告が上がってきています。現在、詳細の確認中です」
画像のマナが両手で口を押さえた。
それからモニターに、ガッと寄った。
「それなら合同研究しませんか。こちらもデータが欲しい。本人にも会いたいです」
「まあ、まあ、落ち着いてください」
逆に日野はそっくり返って言い、少しずつモニターから遠ざかっていく。
「まずは事実の確認です。それまでは無責任な発言はできません」
マナはモニターに貼り付いている。
「こっちは関係各所から一斉に突き上げられています。たぶん地球と比べたら数百倍の圧です。かわいそうでしょ」
必死で食い下がるマナを置き去りに、「まあ、まあ」で逃げきり、通信切断を高橋に指示した。
モニター室から出ると、日野は離脱研に電話を掛けた。
「所長、宇宙人側から連絡が入ったよ。向こうの実験に応えて、三年前と同じものがやってきたそうだ」
「おお、やはり彼がそうなんだ。これで確定です」
「それで、誰だ?」
「離脱体験者の山田太郎です」
「山田? あの目立たないやつか……それは、ちょっと押し出しが弱いな」
「そういう問題ではないですよ。彼は、本物です」
日野は即、箝口令をしき、事情を知っている者を一箇所に集めておくよう指示し、電話を切った。
振り向いた日野が、複雑な表情で高橋に話し掛けて来た。
「やっと、銀河連合との交渉役が見つかったよ、高橋君。喜ばしい事だ。だが対象者が山田だとはね。彼には荷が勝ちすぎるだろう。どうしたものかね」
日野が飛び出していった後、宇宙船からは十分と置かずに交信が入っていた。
辟易した通信部は、対策をうった。
「通信エラー発生。しばらくお待ちください♡♡」
「ただ今、テスト中♡♡」
「復旧完了 ♡順番に処理いたしますので、お待ちください♡」
このループを3周したあたりで、あっちサイドが切れたらしく、交信頻度が秒単位に跳ね上がった。
仕方なしに回路を開くと、画面に大写しでマナの顔が現れた。
「私がどれだけの通信を受け取っているか分かります? そっちみたいに一対一じゃないんですよ。もう嵐のように降りかかってくるんですから」
「通信室責任者の高橋です。日野が捕まらないので、出向いた先に連絡を取っています。もう少しお待ちください」
「ずっと通信コンソールが点灯しっぱなしです。緊急ラインからもバンバン入ってくるし、気が狂いそう」
高橋には、その気持ちがよく分かってしまう。
しばらくマナの様子を観察した後、頭を掻きながら、独り言を言った。
「誤認の可能性あり。詳細調査中で多忙につき、一時回路切断、なんてね」
マナの肩がピクッと跳ねた。
後ろからビーンが顔を出し、三本の指を立て、二ヤッとする。
その向こうから、通信員らしきヘッドセットを付けた男が、投げキスを送ってきた。
「ちょっとだけ待ってあげましょう。でも絶対に今日中に連絡をください。でないと、総員で上陸して探します」
グッと睨むマナの顔は迫力がある。
高橋は軽く頭を下げた。
「お伝えします」
マナがそっと三本指を立てた。
高橋は親指を立てて挨拶を返し、通信を切り、それから後を部下に任せ、日野の元に向かった。
離脱研に到着した高橋は、門前で日野への連絡を申し入れた。
この研究所は、関係者以外の入門を禁じている。
離脱研究と、宇宙船との交渉に関しては、徹底的な管理が行われているのだ。
通信室も同じで、十名の課員がいるが、宇宙船専用通信室に入れるのは高橋だけ。つまり、現在は緊急通信が来ても受けられない。
「とにかく会えるまでここで待ちますよ。緊急事態です」
高橋は、門前の広いスペースで、塀にもたれてぼんやりと空を眺めながら、日野に連絡が付くのを待った。
応答が無いと申し訳なさそうに言う守衛に、高橋はハハッと笑って言った。
「どうせ戻っても、また泣き付かれるだけです。今度は脅迫されるだろうし。これはもう、一通信技師が判断することでないですよ」
三十分ほどそうして待って、守衛に圧を掛け続けたら、一人が直接お伺いを立てに行ってくれることになった。
「内容をお伝えしますので、短くお願いします」
「これ以上応答がなければ、宇宙船を上陸させるそうです、と伝えてください」
守衛がギョッとして固まった。
「すぐ、すぐに伝えます」
それから5分後に日野が駆け出して来た。
「高橋くん、なんで君がここに? 本部の通信室はどうなっている?」
「特使のマナさんがパニックを起こしてます。ちょっとアドバイスしたので、時間稼き゚にはなったかも。でも反動が出るはずなので、早く話をしてください」
「こっちも情報の確認をしないと、下手なことは言えないよ」
「あっちは地球の何千倍もの圧力に、押し潰されています。友好の使者が、地上で暴れ回っても知りませんよ」
ウッと唸って日野は黙り込んだ。
「宇宙船の緊急ラインまで鳴りっぱなしで、気が狂いそうだって言ってます。ヤバいですよ」
日野は観念したようだ。
そのまま高橋の車に乗り込み、本部の通信室に直行することになった。
通信室のドアを開けると、緊張した面持ちの課員が、一斉にこっちを見た。
高橋は小走りに専用通信室に向かいながら聞いた。
「まだ、来ていないか?」
「はい」
その時、アクセスを告げるボタンが光った。
高橋は日野を手招きし、専用通信室に飛び込んだ。
まず緊急プロトコルを起動し、その交信を無理やり遮った。
それから、改めてこちらから交信を開始する。
コントロールルームのモニターに相手側の映像が映った。
「宇宙船対策本部、通信室の高橋です。日野大臣が今から話をしたいそうです。そちらのご都合はよろしいですか」
いつもはモニタに出て中継などしないが、時間稼ぎにワンクッション入れておく。
向こうの通信員が、げっそりした顔をクシャクシャにして、ブンブン頷いている。
その肩に、後ろからマナがのしかかってきた。
「日野がいますか? 日野‼」
「今、準備しています。5分後にそちらにつなぎます。よろしいですか」
「連合の一番偉いのが、一緒に聞くと言って聞かないので、同時受信できますか?」
「できますけど、それやると、二番目の人とか、一番の人の側近とかアドバイザーとかで、際限なくなりませんか?」
マナがはっと息をのむのが見えた。 思い当たることがあるようだ。
「でも……」
「地球の通信技術では、一対一でしか安定した通信が保証されない。……かもしれない」
パチッとウインクすると、マナが泣きそうな顔になった。
「高橋、こっちのクルーに移籍しませんか。大歓迎します」
周囲で、ウエーイという声が上がる。
「考えときます。では五分後」
高橋はコントロールルームのモニターをオフにし、交信準備を始めた。
横にあるモニタールームから日野が顔をのぞかせた。
「おい、どういう話になっている?」
「向こうさんは、銀河連合で一番偉い人が一緒に聞くとごねていたそうです。かなり追い詰められているようなので、言えることは言ってあげないとまずいでしょうね。ほら、全部言わなくても満足させるの、お得意でしょ」
「高橋君、助かるよ。こういう状況で、頭でっかちな対応をされると、揉めるつもりが無くても、揉め事になる」




