〝怪物〟と〝魔性〟の取引について。
「ルフト殿下は、男性にしては元々線が細い。そして、夏でも常に首元を覆うような服を着ている。その理由は、我が従姉妹殿と同様の、秘匿された事実があったからだ」
ーーーふふ、お見事ですわね。
ラヴィナは、内心でダーレストに賞賛を送る。
そう、ルフトは女性なのである。
この国は男子以外に王位を継承できない。
先代王妃……ルフトとラヴィナの母は、産後の経過が悪く、子が望めなくなり、回復しないまま3歳頃に流行病で亡くなった。
双子で女性。
奇しくも側妃であった現・王妃と、同じ状況であり、両親が取った手段は少しだけ異なった。
双子であることは隠した。
その上で、ルフトを王子として育てることに決めたのだ。
だから、聖女との婚姻は出来なかった。
女性であるから、王位継承者となり得る子を、望めないのだ。
だから、王女殿下がたや宰相閣下の動きを放置した。
女王擁立を認めた上で二人を排除すれば、事実を公表してもルフトの王位継承を阻むことは出来ないから。
そうして、ラヴィナが『ラヴィナ・ファーユ』として消えれば、何の憂いもなくなるのである。
「以上で私の推測は終わりだ。存在しない筈の侯爵令嬢、ラヴィナ・ファーユ……この推測の是非を聞かせていただこう」
ダーレストの問いかけに、ラヴィナは今日一番の笑みを浮かべて、答えを口にする。
「是。見事ですわ、〝怪物〟ダーレスト・オーガス様。……おそらく貴方がわざわざ口にしなかった『間違い』を除けば、全て正しい推測ですわね」
「ほう。その一つの間違いについて、聞かせて貰っても?」
再び顔を撫でて黒髪黒目に戻ったラヴィナは、彼がそれまでしていたように、人差し指を立てた。
「最初に言ったでしょう? あの断罪の場で。わたくしは、邪魔なのです」
その一言に、ダーレストの眉がピクリと動いて、笑みが消える。
「……なるほど」
「はい」
断罪されたラヴィナは、八割がた処刑、残り二割で生涯幽閉の判決が降るだろう。
それは執行されるが、処刑の様子や死骸は出てこないし、どこに幽閉されたかも分からない……そういう話になる予定である。
けれど、予定は所詮、予定。
「逃がしてくれようとしているのは、父とルフトの意向ですわ。わたくしは、違いますの」
「このまま本当に処刑されるつもりだということか」
「だって、万一逃げてそれがバレたら、ルフトや父の立場が危うくなりますわ」
二人はラヴィナを逃す手配をしているだろうけれど、ここから出そうと手引きする者が現れても、ついていくつもりはない。
処刑の際に無理に逃がされたとしても、その先で命を断つつもりだった。
「だってそれが最善ですもの」
犯す必要のないリスクを、犯す必要はないのである。
それが自分の命一つで済むのなら、ラヴィナにとっては安いものだった。
しばらく沈黙したダーレストは、ポツリとこう口にする。
「……それは、惜しいな」
「惜しんでいただけて、光栄ですわ」
「『王家の双子は忌み子』……その言葉は真実だと?」
「ええ。今の状況を見たら分かるでしょう?」
ラヴィナはまだ話を続けようとするダーレストに、もう少し付き合ってあげることにした。
どうせ牢の中は暇である。
「ラヴィナ嬢は、双子が忌み子とされる理由を、知っているか?」
「理由? 『玉座に混乱を齎す』という『伝承』から来ている話ですわ。今更何を仰いますの?」
「そう『伝承』だな。現実的に考えれば馬鹿馬鹿しい話でもあり、仮にそれを信じるとしても……私は、こう考える」
真剣な表情のまま、ダーレストは言葉を重ねた。
「もう混乱を齎したのだから伝承は成就されたとな」
「は?」
ラヴィナは、キョトンとした。
一体何を言い出すのか、と、うっかり上唇を突き出してから、すぐに引っ込める。
「動揺したな?」
「意図が分からなかっただけですわ」
何だか負けたような気がして、少し気分が悪い。
けれど、何が言いたいかは少し考えて理解出来た。
ダーレストは、ラヴィナを死なせたくないと考えているらしい、と。
ーーーつまりここから、わたくしの意見を翻させる何かを提示して下さる、ということかしら?
可能ならやってみるといい……そう思いながら、先を促す。
「お続け下さいな」
「ラヴィナ嬢が口にした『伝承』は、幾つある? 『聖女を厚遇せよ』『双子は不吉』『黒髪の子は魔性』『女王を立てようとするな』という四つだったな。複数の双子が、女王擁立を巡って争い、黒髪の女性がこれだけの騒ぎを引き起こしている。『伝承が成就した』以上、今後はもう不吉を引き起こすことはない、と考えられないか」
「……? 詭弁では?」
どんな説得かと思えば、その程度のことなのか、と少しラヴィナは落胆する。
それを察したのか、ダーレストは身を乗り出した。
再び肉食獣のような鋭さを、その目に宿しながら。
「『伝承』を元にした言説は気に入らないか? であれば、もっと現実的な話をしよう。知り及ぶ限り、双子の血統には双子が生まれやすいそうだ。それは、単なる『事実』だな。忌み子という『伝承』は、誰が考えたのかも分からないただの『言葉』だ。たかが言葉に振り回されるのは、愚かしくはないか?」
「貴方も言葉を操ってわたくしを弄していますよ。今、この場で。それに『伝承』を重要視しているのは、わたくしではありませんわ」
ラヴィナは唇を尖らせ、人差し指をその先に触れさせる。
「未だ信じる者が多いことが問題である、と、そういう認識はございませんの?」
「貴女と私、そしてその周囲から変えてしまえばいい。それだけの権力を持つ者の近くに、我々はいる」
ダーレストは、早口に捲し立てる。
ここに来て初めて、彼は焦っているように見えた。
その様子を、やっぱり可愛らしい、とラヴィナは思う。
「私の言葉と、『伝承』の言葉は、ラヴィナ嬢にとっては同様に軽いのだろう? では、重いものを相手にする方が面白いと思わないか。人々を縛る古い言葉を引き剥がし、意識ごと変えてしまえばいい」
「いきなり感情的になりましたわね。何年掛かると思いまして?」
「何年掛かっても問題はないだろう。解き明かす物事は、複雑であればあるほど良い、と、貴女もそう考える側の人間だと思っていたが」
「分かっておりませんわね」
ラヴィナは格子の隙間から、ダーレストの鼻先に指を突きつける。
「それが楽しいのは、愛する者の為であれば、ですのよ」
「ならば私を愛せ!」
いきなり、ダーレストが語気を強めたので、ラヴィナは呆気に取られた。
今までと違い、その瞳に宿る色に見合うだけの熱量で。
彼らしくないと言えばらしくない、人付き合いが苦手な人間らしいと言えばらしい、そんな唐突さで。
「ラヴィナ嬢は、自分の価値を全く理解していない……! ラヴィナ嬢にとっては取るに足りないのかもしれないが! 貴女は私にとっては、非常に希少で価値のある人物なのだ!」
ついに立ち上がったダーレストが、格子に額を押し付けるような勢いで、顔を近づけてくる。
ラヴィナの指先に額が当たる程近くに来た彼の香水が、強く匂う。
けれど、ラヴィナは今度は体を引かなかった。
ーーーああ……。
ラヴィナは知っている。
自分が、何に弱いのかを。
ルフトにも、フライヤにも感じていたこの気持ち。
『お願いだから、無茶だけはしないでくれ』
『お義姉様……どうしたらいいか、分からないんですぅ……』
自分に向けられる感情の重さが、ラヴィナはどうしようもなく好きだった。
ルフトが自分の身を案じてくれるのも。
フライヤが自分を信じてくれるのも。
その向けられる想いの強さが、『ラヴィナ』という自分をより鮮明にしてくれる気がしたから。
翻弄したいと思う。
そして期待に応えたいと思う。
愛するだけで十分なのに、それを返されてしまうと、ラヴィナは弱いのだ。
ーーー貴方も、ですの?
ダーレストも。
そうして、ラヴィナに感情を向けてくる。
先ほどまで瞳の奥にだけ秘めていた激しい感情を、今は、隠しもせずに。
「ラヴィナ嬢自身がいらないというのなら、私にくれ! その捨て去ろうとしている人生を丸ごと、私に渡してくれ! 必要ないのならば!!」
『ラヴィナが欲しい』と。
これ程までに率直な感情を、受け取ったことがなかったラヴィナは……思わず、顔を綻ばせてしまう。
ーーーなんて……愛おしい……。
ダーレストの感情の牙は、ラヴィナの心の外殻を容易く噛み砕いてしまう。
今までいなかった、圧倒的な才を持つ知性の獣が、駄々っ子のように、ラヴィナを求めている。
「ふふ……まるで、愛の告白ですわね」
吐息を漏らすように、そう応えると、彼は照れも恥じらいもなく、キッパリと断言する。
「そう受け取ってくれて構わない。ラヴィナ嬢、考えを改めてくれ。貴女なら、幾らでも自らを殺さぬ方法を選べるだろう。私も、幾つか思いつく。だから……」
「だから?」
「生きて欲しい。貴女に」
ダーレストは、皮肉や嘘に縁のない純粋な人物である、という評価は、間違っていなかった。
変人かそうでないかと言われれば、確実に変人ではあるけれど。
「わたくしも、方法程度は幾らでも思いつきますけれど……協力していただけますの? もし失敗して、わたくしの存在がルフトの玉座を脅かす、と判断すれば、わたくしは貴方を殺して自殺しますわよ?」
「構わない。幾らでも協力しよう」
「ふふ、嬉しいですわ。……でもまだ、ダーレスト様から一つ、聞いていないことがありますの。それを聞かせていただける?」
「聞いていないこと?」
「あら、取引の内容についてですわ。ダーレスト様の提示する取引の報酬は『わたくしの真実を黙っておくこと』なのでしょう? では、貴方の報酬は?」
「『私の推測の是非を答えて貰うこと』だが。それは既に達成されている」
「是非を答える程度、別に報酬としていただく程の労力ではありませんでしたわ」
これ程の渇望を、愛情を、向けて貰えた時点で、ラヴィナ自身は満足してしまった。
その満足への返礼は、大したことのない返事だけでは足りない、と、思ってしまった。
だから、ラヴィナは指を引いて、愛おしさを込めた笑みをダーレストに向ける。
顎の下で両手の指先を合わせ、期待を込めた上目遣いで、彼の瞳を捉える。
「他に、欲しいものがあるのでしょう?」
「ああ……なるほど、なるほど……」
ようやくラヴィナの意図を悟ったのだろう、ダーレストもまるで少年のような笑みを浮かべ、一歩後ろに下がって腰を軽く曲げた。
左手を後ろに回し、右手を格子越しに、目の前に差し出してきた。
ラヴィナの大好きな、才能を努力で磨いた証が刻まれた掌を。
「私は、『貴女の真実』を一生涯黙っておこう。その代わりに欲しいものがある」
「ええ、どうぞ」
一呼吸置いて、ダーレストはこう口にする。
「ーーー『貴女の全てが欲しい』」
満点のセリフを貰った。
だから、ラヴィナは答えた。
「ふふ。取引成立ですわ。〝怪物〟オーガスト・ダーレス……貴方とわたくしの今後に幸多からんことを」
「喜ばしく思う。〝魔性〟ラヴィナ・フェリクス殿下。そうなるよう、誠心誠意努めよう」
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