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断罪された令嬢は、架空の人物です。貴女は一体誰ですか?〜侯爵令嬢の不在証明〜  作者: メアリー=ドゥ
【表】

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8/13

〝怪物〟と〝魔性〟の取引について。


「ルフト殿下は、男性にしては元々線が細い。そして、夏でも常に首元を覆うような服を着ている。その理由は、我が従姉妹殿と同様の、秘匿された事実があったからだ」


 ーーーふふ、お見事ですわね。


 ラヴィナは、内心でダーレストに賞賛を送る。


 そう、ルフトは女性なのである。

 

 この国は男子以外に王位を継承できない。

 先代王妃……ルフトとラヴィナの母は、産後の経過が悪く、子が望めなくなり、回復しないまま3歳頃に流行病で亡くなった。


 双子で女性。

 奇しくも側妃であった現・王妃と、同じ状況であり、両親が取った手段は少しだけ異なった。


 双子であることは隠した。

 その上で、ルフトを王子として育てることに決めたのだ。


 だから、聖女との婚姻は出来なかった。

 女性であるから、王位継承者となり得る子を、望めないのだ。


 だから、王女殿下がたや宰相閣下の動きを放置した。

 女王擁立を認めた上で二人を排除すれば、事実を公表してもルフトの王位継承を阻むことは出来ないから。



 そうして、ラヴィナが『ラヴィナ・ファーユ』として消えれば、何の憂いもなくなるのである。



「以上で私の推測は終わりだ。存在しない筈の侯爵令嬢、ラヴィナ・ファーユ……この推測の是非を聞かせていただこう」


 ダーレストの問いかけに、ラヴィナは今日一番の笑みを浮かべて、答えを口にする。


「是。見事ですわ、〝怪物〟ダーレスト・オーガス様。……おそらく貴方がわざわざ口にしなかった『間違い』を除けば、全て正しい推測ですわね」

「ほう。その一つの間違いについて、聞かせて貰っても?」


 再び顔を撫でて黒髪黒目に戻ったラヴィナは、彼がそれまでしていたように、人差し指を立てた。



「最初に言ったでしょう? あの断罪の場で。わたくしは、邪魔なのです(・・・・・・)



 その一言に、ダーレストの眉がピクリと動いて、笑みが消える。


「……なるほど」

「はい」


 断罪されたラヴィナは、八割がた処刑、残り二割で生涯幽閉の判決が降るだろう。

 それは執行されるが、処刑の様子や死骸は出てこないし、どこに幽閉されたかも分からない……そういう話になる予定である。


 けれど、予定は所詮、予定。


「逃がしてくれようとしているのは、父とルフトの意向ですわ。わたくしは、違いますの」

このまま本当に(・・・・・・・)処刑されるつもり(・・・・・・・・)だということか」

「だって、万一逃げてそれがバレたら、ルフトや父の立場が危うくなりますわ」


 二人はラヴィナを逃す手配をしているだろうけれど、ここから出そうと手引きする者が現れても、ついていくつもりはない。

 処刑の際に無理に逃がされたとしても、その先で命を断つつもりだった。



だってそれが最善(・・・・・・・・)ですもの(・・・・)



 犯す必要のないリスクを、犯す必要はないのである。

 それが自分の命一つで済むのなら、ラヴィナにとっては安いものだった。


 しばらく沈黙したダーレストは、ポツリとこう口にする。

 

「……それは、惜しいな」

「惜しんでいただけて、光栄ですわ」

「『王家の双子は忌み子』……その言葉は真実だと?」

「ええ。今の状況を見たら分かるでしょう?」


 ラヴィナはまだ話を続けようとするダーレストに、もう少し付き合ってあげることにした。

 どうせ牢の中は暇である。


「ラヴィナ嬢は、双子が忌み子とされる理由を、知っているか?」

「理由? 『玉座に混乱を齎す』という『伝承』から来ている話ですわ。今更何を仰いますの?」

「そう『伝承』だな。現実的に考えれば馬鹿馬鹿しい話でもあり、仮にそれを信じるとしても……私は、こう考える」


 真剣な表情のまま、ダーレストは言葉を重ねた。


もう混乱を齎した(・・・・・・・・)のだから(・・・・)伝承は成就された(・・・・・・・・)とな」



「は?」


 ラヴィナは、キョトンとした。

 一体何を言い出すのか、と、うっかり上唇を突き出してから、すぐに引っ込める。


「動揺したな?」

「意図が分からなかっただけですわ」


 何だか負けたような気がして、少し気分が悪い。

 けれど、何が言いたいかは少し考えて理解出来た。


 ダーレストは、ラヴィナを死なせたくないと考えているらしい、と。


 ーーーつまりここから、わたくしの意見を翻させる何かを提示して下さる、ということかしら?


 可能ならやってみるといい……そう思いながら、先を促す。


「お続け下さいな」

「ラヴィナ嬢が口にした『伝承』は、幾つある? 『聖女を厚遇せよ』『双子は不吉』『黒髪の子は魔性』『女王を立てようとするな』という四つだったな。複数の双子が、女王擁立を巡って争い、黒髪の女性がこれだけの騒ぎを引き起こしている。『伝承が成就した』以上、今後はもう不吉を引き起こすことはない、と考えられないか」

「……? 詭弁では?」


 どんな説得かと思えば、その程度のことなのか、と少しラヴィナは落胆する。


 それを察したのか、ダーレストは身を乗り出した。

 再び肉食獣のような鋭さを、その目に宿しながら。


「『伝承』を元にした言説は気に入らないか? であれば、もっと現実的な話をしよう。知り及ぶ限り、双子の血統には双子が生まれやすいそうだ。それは、単なる『事実』だな。忌み子という『伝承』は、誰が考えたのかも分からないただの『言葉』だ。たかが言葉に振り回されるのは、愚かしくはないか?」

「貴方も言葉を操ってわたくしを弄していますよ。今、この場で。それに『伝承』を重要視しているのは、わたくしではありませんわ」


 ラヴィナは唇を尖らせ、人差し指をその先に触れさせる。


「未だ信じる者が多いことが問題である、と、そういう認識はございませんの?」

「貴女と私、そしてその周囲から変えてしまえばいい。それだけの権力を持つ者の近くに、我々はいる」


 ダーレストは、早口に捲し立てる。


 ここに来て初めて、彼は焦っているように見えた。

 その様子を、やっぱり可愛らしい、とラヴィナは思う。


「私の言葉と、『伝承』の言葉は、ラヴィナ嬢にとっては同様に軽いのだろう? では、重いものを相手にする方が面白いと思わないか。人々を縛る古い言葉を引き剥がし、意識ごと変えてしまえばいい」

「いきなり感情的になりましたわね。何年掛かると思いまして?」

「何年掛かっても問題はないだろう。解き明かす物事は、複雑であればあるほど良い、と、貴女もそう考える側の人間だと思っていたが」

「分かっておりませんわね」


 ラヴィナは格子の隙間から、ダーレストの鼻先に指を突きつける。


「それが楽しいのは、愛する者の為で(・・・・・・・)あれば(・・・)、ですのよ」

「ならば私を愛せ!」


 いきなり、ダーレストが語気を強めたので、ラヴィナは呆気に取られた。


 今までと違い、その瞳に宿る色に見合うだけの熱量で。

 彼らしくないと言えばらしくない、人付き合いが苦手な人間らしいと言えばらしい、そんな唐突さで。

 

「ラヴィナ嬢は、自分の価値を全く理解していない……! ラヴィナ嬢にとっては取るに足りないのかもしれないが! 貴女は私にとっては、非常に希少で価値のある人物なのだ!」


 ついに立ち上がったダーレストが、格子に額を押し付けるような勢いで、顔を近づけてくる。


 ラヴィナの指先に額が当たる程近くに来た彼の香水が、強く匂う。

 けれど、ラヴィナは今度は体を引かなかった。


 ーーーああ……。


 ラヴィナは知っている。

 自分が、何に弱いのかを。


 ルフトにも、フライヤにも感じていたこの気持ち。


『お願いだから、無茶だけはしないでくれ』

『お義姉様……どうしたらいいか、分からないんですぅ……』


 自分に向けられる感情の重さが、ラヴィナはどうしようもなく好きだった。


 ルフトが自分の身を案じてくれるのも。

 フライヤが自分を信じてくれるのも。


 その向けられる想いの強さが、『ラヴィナ』という自分をより鮮明にしてくれる気がしたから。


 翻弄したい(・・・・・)と思う。

 そして期待に応えたい(・・・・・・・)と思う。


 愛するだけで十分なのに、それを返されてしまうと、ラヴィナは弱いのだ。


 ーーー貴方も、ですの?


 ダーレストも。

 そうして、ラヴィナに感情を向けてくる。


 先ほどまで瞳の奥にだけ秘めていた激しい感情を、今は、隠しもせずに。


「ラヴィナ嬢自身がいらないというのなら、私にくれ! その捨て去ろうとしている人生を丸ごと、私に渡してくれ! 必要ないのならば!!」


 『ラヴィナが欲しい』と。

 これ程までに率直な感情を、受け取ったことがなかったラヴィナは……思わず、顔を綻ばせてしまう。


 ーーーなんて……愛おしい……。


 ダーレストの感情の牙は、ラヴィナの心の外殻を容易く噛み砕いてしまう。

 今までいなかった、圧倒的な才を持つ知性の獣が、駄々っ子のように、ラヴィナを求めている。


「ふふ……まるで、愛の告白ですわね」


 吐息を漏らすように、そう応えると、彼は照れも恥じらいもなく、キッパリと断言する。


「そう受け取ってくれて構わない。ラヴィナ嬢、考えを改めてくれ。貴女なら、幾らでも自らを殺さぬ方法を選べるだろう。私も、幾つか思いつく。だから……」

「だから?」

「生きて欲しい。貴女に」


 ダーレストは、皮肉や嘘に縁のない純粋な人物である、という評価は、間違っていなかった。

 変人かそうでないかと言われれば、確実に変人ではあるけれど。


「わたくしも、方法程度は幾らでも思いつきますけれど……協力していただけますの? もし失敗して、わたくしの存在がルフトの玉座を脅かす、と判断すれば、わたくしは貴方を殺して自殺しますわよ?」

「構わない。幾らでも協力しよう」

「ふふ、嬉しいですわ。……でもまだ、ダーレスト様から一つ、聞いていないことがありますの。それを聞かせていただける?」

「聞いていないこと?」

「あら、取引の内容についてですわ。ダーレスト様の提示する取引の報酬は『わたくしの真実を黙っておくこと』なのでしょう? では、貴方の報酬は?」

「『私の推測の是非を答えて貰うこと』だが。それは既に達成されている」

「是非を答える程度、別に報酬としていただく程の労力ではありませんでしたわ」


 これ程の渇望を、愛情を、向けて貰えた時点で、ラヴィナ自身は満足してしまった。

 その満足への返礼(・・)は、大したことのない返事だけでは足りない、と、思ってしまった。


 だから、ラヴィナは指を引いて、愛おしさを込めた笑みをダーレストに向ける。

 顎の下で両手の指先を合わせ、期待を込めた上目遣いで、彼の瞳を捉える。


「他に、欲しいものがあるのでしょう?」

「ああ……なるほど、なるほど……」


 ようやくラヴィナの意図を悟ったのだろう、ダーレストもまるで少年のような笑みを浮かべ、一歩後ろに下がって腰を軽く曲げた。


 左手を後ろに回し、右手を格子越しに、目の前に差し出してきた。

 ラヴィナの大好きな、才能を努力で磨いた証が刻まれた掌を。


「私は、『貴女の真実』を一生涯黙っておこう。その代わりに欲しいものがある」

「ええ、どうぞ」


 一呼吸置いて、ダーレストはこう口にする。



「ーーー『貴女の全てが欲しい』」



 満点のセリフを貰った。

 だから、ラヴィナは答えた。


「ふふ。取引成立ですわ。〝怪物〟オーガスト・ダーレス……貴方とわたくしの今後に幸多からんことを」

「喜ばしく思う。〝魔性〟ラヴィナ・フェリクス殿下。そうなるよう、誠心誠意努めよう」

 


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