義妹である聖女について。
―――でも、居たのよね……『物好き』が。
噂では聞いていた。
北部辺境伯領に引き篭もってあまり王都に出てこないが、辺境伯の孫はとんでもない逸材だ、という噂だけは。
そんな噂に偽りがないことを、ラヴィナは貴族学校で過ごした二年間で悟っていた。
特にそれを実感したのは、学問の成績でも、魔術の実践や剣の修練を見た時でもない。
礼儀礼節の試験を終えた後の、昼休みの会話である。
ルフトやラヴィナと昼食を共にしたダーレストは、再試験を言い渡された級友らが教授の厳しさに呻いているところで、こう呟いたのだ。
『どこが厳しいんだ? うちの騎士団も甘かったが、貴族学校の授業はそれよりさらに甘い。苦労する理由が見当たらないんだが』
級友達は固まった後、少し殺意混じりの視線をダーレストに向けていた。
しかし王家の血が入っている辺境伯の孫に強くは出れず、何となく気まずい空気が流れていたところに、ルフトが苦笑混じりに助け舟を出した。
『そう思うのは君だけだよ、ダーレスト』
『どういう意味だ?』
『分からなくてもいいけど、そういう物言いは控えた方がいい。ね、ドゥア』
と、ルフトは自分の従者である伯爵令息に話しかけた。
彼の空気が読めない発言に笑いを堪えていたドゥアは、ダーレストと仲が良い。
彼は小さく頷いて、ルフトに同意した。
『仰る通りだね』
『なるほど? ならば気をつけよう』
よく意味が分かっていなさそうな様子ではあるものの、ダーレストが素直に受け入れたことで話が終わった。
けれど。
―――甘い、なのね。
王下騎士団の中でも精鋭とされる者達が一週間で音を上げる程に、環境から立ち居振る舞いにまで厳しい、北部辺境伯騎士団の環境。
それすらダーレストには『甘い』と感じられるのだ。
厳しさが当然の環境に適合できる、強靭な肉体。
加えて貪欲な好奇心と、それに見合うだけの知性が備わると、どうなるのか。
〝怪物〟ダーレスト・オーガスは、その具現化とも言える存在なのだ。
故に今、彼はラヴィナの目の前に座っているのである。
獣のように獰猛な知能が、ラヴィナの策略に対して牙を剥いていた。
「ルフト殿下が共犯だなどと……少し発想が飛躍しておられますわ」
その牙を翻弄するように、ラヴィナは言葉を返す。
「わたくしが、フライヤを殺してもいなければ、王女殿下を害してもいないことを確信していながら、捕らえさせましたの? では、本当の犯人は誰なのでしょう?」
「犯人は貴女だ。しかし我が友人が共犯であり、ラヴィナ嬢と目的が一致しているのなら、様々な動きに筋が通る。その中の一つが、聖女フライヤの殺害に関する件だ」
―――聖女フライヤ・ファーユ。
平民でありながら、聖女の資質を見出された少女である。
後に聖教会からファーユ侯爵家への養子入りを打診され、ラヴィナの義妹となった。
『お義姉様ぁ……わたし、何も分からないんですぅ……』
平民には珍しい金髪碧眼、多少日焼けしていたものの、庇護欲をそそる可愛らしさを備えた小柄なフライヤ。
舌っ足らずに甘えた口調で喋る子だった。
「矛盾しておりますわね。犯人はわたくしであるのに、フライヤは殺していない、と?」
「矛盾はない。が、それについては後にしよう」
ダーレストはあくまでも、自分のペースで話を進めていく。
「王位を巡る政争の現状を鑑みるに、ルフト殿下が聖女フライヤを婚約者としない結末は、あり得ない。しかし我が友人には、もし彼女が生きていても婚姻出来ない理由があった」
「わたくしが婚約者であるからですわね?」
「いいや。もっと決定的な理由である、と私は考えている」
―――ふふ。本当に、やりにくいですわね。
そう思いながらも、ラヴィナは楽しかった。
こうして、心置きなくダーレストとのやり取りを繰り返すのは、貴族学校の衆人環視の中では決して叶わぬことだったから。
「その理由によって、『聖女を表舞台から消す』という手段をラヴィナ嬢とルフト殿下は選び、実行した」
彼女を殺したのがラヴィナである、という事実は、ダーレストにとって気にする必要すらない事柄のようだった。
常にルフト殿下の側にいたフライヤと、彼自身も幾度も言葉を交わしていたにも拘らず、その死を悼む様子も特にない。
それも、他国や自然との争いで人が容易く死ぬ、北部辺境伯領の過酷さが培った精神性か、何か別の理由があるのか。
ダーレストはフライヤの死を、『ただの事実』としか認識していないように見えた。
「そうしてわたくしは不幸になった、ということですわね。『聖女の現れを見よ。厚く遇すれば幸運を、礼を怠れば王国に不吉を齎す』……その伝承通りに」
「伝承か。なるほど」
そこでダーレストは、ようやくラヴィナの言動に興味を抱いたようだった。
「言われてみれば、王国に纏わる幾つかの伝承通りに、事は推移しているな。気づかなかった」
「ダーレスト様でも気づかないことがあると知れて、嬉しいですわ」
「些細なことだ。が、ラヴィナ嬢が望むなら、その話も絡めて推測を述べていこう」
「あら、お気遣いありがとうございます」
彼は一つ頷くと、二本目の指を立てる。
「ラヴィナ嬢は、聖女フライヤが目障りであった、と噂されている。表向きの事実だけなら、彼女は婚約者の座を奪おうとする相手である為、そう受け取るのは当然のことだろう」
「ただの真実ですわ」
「いいや、それは『大衆の憶測』に過ぎない。流布した情報の中で事実と言えるのは『聖教会の要請を受けて、ファーユ侯爵家が聖女フライヤを養子として受け入れた』という部分のみ」
ダーレストは断定し、二本の指を立てて手のひらをこちらに向けた状態から、手首を回して甲の側へと手を裏返す。
表と裏を、入れ替えるように。
「大司教が、ファーユ侯爵家に目をつけた理由は『どちらの娘が正妃になったとしても、侯爵家の娘である』という言い訳を用意する為だ。ラヴィナ嬢が姿を見せてルフト殿下の婚約者となることを公表した時点で、そうするしかなくなったからな」
ダーレストは、相変わらず確信めいた口調でそう告げる。
「如何に聖教会といえど、王女殿下を擁する宰相閣下と、この国の筆頭侯爵家を同時に敵に回す程の力はない」
「勢力図で考えるのなら、その通りですわね」
聖教会は、フェリクス王国の中では、あくまでも外様である。
信者の多さから国教と定められているが、最高権力者である教皇は他国に本拠を構えており、大司教も元々はフェリクス王国民ではなく、派遣されて来た聖教会の責任者に過ぎない。
人は感情を持っており、打算のみで動かせる訳ではないのだ。
それを理解しない者達は、順に権力闘争を脱落していく。
そういう意味では、大司教は人の感情を逆撫でしない、最善の選択をする人物である。
こと人心掌握という点においては、宗教家は専門家。
故に当然の話ではあるけれど……だからこそ、ラヴィナにとっては楽に動きが読める相手だった。
「ここからが、『大衆とは違う私の推測』だ」
ラヴィナが一番『読めない』青年、ダーレストはそう口にする。
「貴女は、思惑通りに聖女フライヤを手中に収めた。そうして彼女を懐柔し、毒殺を『演出』した」
ダーレストは、また笑みを大きくして、犬歯を覗かせる。
「二つ目の結論を述べよう。―――聖女フライヤはまだ生きている。毒殺したと見せかけて、ラヴィナ嬢は彼女を逃したのだ」




