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魂の貌  作者:
第一章 修羅
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第一章 第六話 正体

来てくれてありがどうございます。

俯きながら部屋に足を踏み入れた瞬間、聞き覚えのある声が響いた。


「やぁ、待ってたよ。陽次郎くん」


 ――この声。


 あの時、自宅に乗り込んできた男の声だ。心臓がバクンと脈打つ。怒りが込み上げる。


 だが、顔を上げた途端、その怒りは氷のように鎮まった。


 目の前にいたのは、車椅子に座り、補聴器をつけた弱々しい男。

 本当に……こいつなのか?

 あの“男”が……この、ボロボロの老人?


 車で一緒だった3人は、彼を「ボス」と呼んでいる。

 その隣には、地味な格好をした、やけにハイテンションな青年が立っていた。


 ボスと呼ばれる男が、柔らかな声で話し始める。


「君はもう気づいているだろう? 私たちは、そこらの人間とは少し“違う”存在なんだよ」


 その瞬間、部屋にいる者たちが、一斉に陽次郎を見た。


 彼らの眼差しは鋭く、重たく、何かを試すようでもあった。


(……なるほど、視えてるわけか。道理で車内での反応が妙だった……)


 運転席にいた男が、心の中で呟いた。


 ボスが続ける。


「陽次郎くん。君のように“視える者”がいると、私たちの活動もだいぶ助かるんだ。ようこそ、《オクリビト》へ」


 軽く両手を広げて、男が微笑む。


「混乱しているだろうが……私は《ステルベン》。すまない、本名は伏せさせてもらう」


 気さくにそう言って笑いながら、老人は椅子を少し前に動かした。


「他の子たちとは、後でゆっくり仲良くなってくれ。さて……君にまず説明しなければならないのは、“魂”についてだ」


 陽次郎以外のメンバーは既に心得があるようで、誰もが真剣な表情で耳を傾ける。


「魂とはね、人間がこの世に最後に残す“残滓”だ。想い、記憶、執着……そういったものの集合体だよ」


 老人の声は柔らかいが、そこには確かな緊張があった。


「魂には生前の断片的な記憶と2つのエネルギーが存在する。一つは『昇華エネルギー』。愛や喜び、といった、正の感情によって構成される」


「もう一つは『停留エネルギー』。怒り、憎しみ、嫉妬、後悔……そういった負の感情だ」


「人が死ぬと、これらのエネルギーが一か所に集まる。それが“魂”というものの正体だ。つまり、生きている人間には、本来“魂”は存在しないんだよ」


 陽次郎は息を飲む。


「……だが、我々にはある。だから我々は、“人ならざる者”と呼ばれる。我々がどのようにして誕生するのかは、後ほど詳しく話そう」


「すまない少し話が逸れた」




 「この地に化け物が生まれるか否かは魂に含まれるエネルギーの比率によって、全てが決まる」


 ステルベンはそう言って、テーブルに置かれた古びたノートのページをめくった。


 「昇華エネルギーは、魂が“天”へ帰るためのもの。そして停留エネルギーは、この地に“留まる”ためのものだ。……つまり、昇華エネルギーの比率が高ければ、その魂は自然と天へ昇る。しかし、停留エネルギーの比率が高ければ――魂はこの地に遺り続ける」


 陽次郎は黙ってその言葉を聞いていた。話の意味は理解できる。だが、それだけでは済まなかった。


 「だがな、問題はここからだ」


 ステルベンが指先で机を軽く叩く。


 「もし、この二つのエネルギーが“拮抗”していたらどうなると思う?」


 陽次郎がわずかに眉をひそめた瞬間、ステルベンは言った。


 「このとき、一部の昇華エネルギーの性質のみが―停留エネルギーの性質に“変質”する。……この現象を、我々は《侵食》と呼んでいる」


 室内の空気が、ほんのわずかに重くなったような気がした。


 「そして、侵食によって発生するのが“異質エネルギー”だ。……これも説明しておかないとな」


 ステルベンは、ホワイトボードに何かを書き始める。


 「このエネルギーの性質自体は、停留エネルギーとなんら変わらない。この地に留まり続けようとする性質だ」


 「……じゃあ、何が違うんだよ」


 陽次郎が問い返す。


 「根源が違う」


 ステルベンはホワイトボードの文字を指差しながら、静かに答えた。


 「異質エネルギーの“元”は……愛や喜び、幸福といった“正”の感情から来ている。昇華エネルギーが変質した結果なんだ」


 陽次郎は目を見開いた。


 「……そんな、矛盾してるじゃねえか」


 「その矛盾こそが、異質エネルギーと呼ばれる所以だよ。正の根源を持ちながら、負のエネルギーとして働く。これがどれだけ異常で、危険なものか……これから嫌でも理解することになるだろう」


ただ……ここまでの話は、まだ“前提”に過ぎない」


 ステルベンは椅子の背もたれに深く身を預け、煙草の代わりに葉巻の先端をゆっくりと火で炙った。


 「魂の構造とその変異――そして、変質によって発生するエネルギーの話。すべては“ソレ”の説明に至るための下地にすぎん」


 陽次郎は息を呑んだ。智子の姿をした“何か”の影が、脳裏にちらつく。


 「さて、君の目の前に現れた……“恋人らしきソレ”についてだが、今からその正体を語ろう」


 ステルベンの声に、微かな冷たさが混じっていた。


 「魂に含まれるエネルギー――その大半が停留エネルギーであった場合、魂はこの地に留まり続ける。そしてその魂は、内包する断片的な記憶と停留エネルギー。頼りに、仮初めの肉体を構築しようとする」


 陽次郎の背に、じっとりと冷たい汗が滲む。


 「この過程を――我々は《人化じんか》と呼ぶ。そして人化した魂によって生まれた存在を……“仮人かびと”と定義している」


 ステルベンは視線を宙に彷徨わせ、言葉を続けた。


 「仮人は通常、自我をほとんど持たず、ただ本能に従って動く。近くにいる人間を襲い、その体内に霧散している昇華エネルギーを喰らおうとする。……そう、奴らが狙うのは人間の“中身”だ」


 「中身……だと?」


 陽次郎が息を呑むように呟く。


 「ああ。肉体じゃない。魂の断片、あるいは気配に近いものだ。もしそれを喰われれば、人間はどうなるか……正確なことは分かっていないが、大半は廃人になる」


 ステルベンの顔には、微かに悔しさと諦めが滲んでいた。


 「――とはいえ、ここまではまだ我々の世界で“よくある話”だ」


 「……よくある、だと?」


 「だが、問題はここからだ。極めて稀に――魂が“侵食”を起こし、異質エネルギーを帯びたまま人化することがある。あり得ないほどの確率だが、確かに存在する」


 言葉の重みが部屋の空気を揺らした。


 「そのとき生まれる仮人――いや、“ソレ”は、通常の仮人とは一線を画す。異質エネルギーという矛盾の塊を抱え、自我を残し、執着という名の強烈な目的意識を持つ。……それが、君の目の前に現れた“智子らしきもの”の正体だ」


 ステルベンは小さく息を吐いた。


 「我々は、そういった存在をこう呼ぶ。“ミチヅレ”――と」






少し世界観を難しくしすぎたかもしれません。

ごめんなさい

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