第一章 第五話 扉の奥
「何やってるんですか! 病室で暴れちゃダメでしょう!」
「静かにしてください、他の患者さんもいるんですよ!」
看護師たちが怒鳴り込み、少年と陽次郎を強く叱った。陽次郎は口ごもり、青年も素直に頭を下げる。
妙な空気のまま、騒動は一応の収束を見せた。
――退院の日。
病院の前に停まっていたのは、別の意味で目立つ小汚い車が停めてあった。
後部座席のドアを開けて立っていたのは、あのニット帽の青年。どこか浮かない笑みを浮かべている。
「……何やってるんですか。早く乗ってください」
「……ああ、悪いな」
陽次郎は少し気恥ずかしさを感じながら助手席のドアを開ける。
「すみません、お願いしまーす」
座席に腰を下ろすと、運転席には葉巻をくわえた30代ほどの男が運転席に座っていた。
目つきは鋭く、片手でステアリングを握るその姿にはどこか獣のような危うさがあった。
助手席には、制服姿の女子高生。目元の涼しげな視線が、陽次郎を静かに観察していた。
その瞬間だった。
――ぞわり、と背中をなぞる冷たい感触。
何かが違う。何かがいる。
陽次郎の中に芽生えた“第六感”が、警鐘を鳴らし始めた。
(……この中に、“化け物”が居る……それも一体やそこらじゃない)
理由は分からない。ただ、肌が、骨が、魂がそう叫んでいた。
顔から血の気が引いていく。
「大丈夫っすか?」
少年が心配そうに覗き込む。
「……ああ、大丈夫だ。ありがとう」
無理に笑おうとしたその瞬間、陽次郎の視線が青年の顔に吸い寄せられた。
だが、それは――青年の顔ではなかった。
皮膚は爛れ、まるで酸をかけられたように溶け落ちている。
口元だけが異様に笑っていたが、あれほど親しみを感じたはずの顔は、そこになかった。
(……なんだ……コイツは……誰だ……?)
視線に気づいたのか、運転席の男がバックミラー越しに言う。
「何だ、おっさん。そんなに俺たちが気になるか?」
その瞬間、陽次郎の喉が詰まり、吐きそうなほどの恐怖が込み上げてきた。
(はは……一つ、聞いてもいいか? ……お前ら、人間なんだよな? 化け物じゃ……ないんだろ?)
か細い声。自分でも、情けないと思うほどに震えていた。
「安心してください。私たちは人間です」
隣の青年が優しく、けれどどこか異様な笑顔で答える。
「――お前たちは、俺が“人間”に見えるか?」
運転席の男が、低く、鋭く呟く。
「……大丈夫。お前は人間だ。まだな」
その言葉は、地の底から這い上がるように冷たく、陽次郎の心を貫いた。
車はやがて、街を外れ、寂れた丘の中腹にある廃屋へと停まった。
「着きましたよ」
青年が声をかける。
陽次郎が見上げたその建物は、今にも崩れそうな二階建ての廃屋だった。壁には蔦が絡まり、瓦は落ち、扉は傾いている。
(……ここが、“アジト”……?)
誰もが口を閉ざしたまま、扉を開ける。
中は荒れ果て、部品や機械のガラクタが床を埋め尽くしていた。天井からは蔦が垂れ下がり、冷たい空気が肌を刺す。
目の前に、錆びた鉄の螺旋階段があった。
皆が無言でそれを登っていく。陽次郎も、それに続いた。
階段を登ると、すぐ正面にドアがあった。
そこには、汚れた金属プレートに**「会議室」**とだけ書かれている。
陽次郎は、ごくりと息を飲み、その扉に手をかけた――。