第一章 第四話 和解
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ひとしきり暴れて、壁に背を預けながら息を整える。
病室は静まり返り、窓から差し込む午後の光が床を斜めに切り裂いていた。
陽次郎は、自分が見た“記憶”を、一つひとつ丁寧に口にしていった。
運転席の智子、後部座席の両親、黒い影、衝突、絶望……
思い出すたび、喉の奥が熱くなり、言葉が詰まりそうになる。
それでも、最後まで語り終えた。
その間、ニット帽の青年はまるで別人のようだった。
おどけた仕草も薄笑いも消え、沈黙のまま、陽次郎の声に耳を傾け続けた。
語り終えたとき、ふいに少年がぽつりとつぶやいた。
「貴方は……魂が、この世に存在すると、思いますか?」
唐突な問いに、陽次郎は言葉を失った。
だが、どこかでこの問いを待っていたような気もした。
「……さあな。わからん」
そう答えようとしたが、言葉が喉で止まり、代わりに沈黙が流れる。
「すいません、いきなり変な質問して」
青年は照れ隠しのように笑い、肩をすくめた。
「……もし魂が存在するなら、俺は智子に謝りたい。
たとえ魂に自我がなかったとしても……謝りたい。
喧嘩してさ、仲直りしないまま……あいつ、逝っちまったからな」
陽次郎の声には、後悔と痛みがにじんでいた。
それを受け止めた青年は、まっすぐに彼を見つめて言った。
「……大丈夫ですよ。もう謝る必要はないと思います」
「……そうかよ」
「でも、もし本当に“面と向かって”謝りたいのなら――」
「貴方が何者なのか、そして奥さんを殺した“それ”が何なのか……知る必要があります」
陽次郎は眉をひそめる。
「これから、貴方の人生は修羅の道になりますよ」
「それでも……私たちについてくる覚悟はありますか?」
数秒の静寂。
陽次郎は、ひとつ笑って言った。
「あぁ……どうせ俺に選択の余地なんて、元々ないんだろ?」
青年は口角を上げて言った。
「よく分かってるじゃないですか」
「はは……お前、性格悪いって言われねぇか?」
「そうですね、よく言われます」
二人の間に、初めて柔らかな笑みが交わされた。
そして、青年がそっと右手を差し伸べる。
その手は細く白く、けれどどこか強さを感じさせる手だった。
陽次郎は一瞬もためらわずに、その手を取った。
「秋葉陽次郎だ。君は?」「鳴瀬 千夏」です。
「なんか心配だなおっさんすぐ死にそうで」
千夏が小馬鹿して陽次郎を挑発する。
「お前ほんと一言多いんだよ今それ言う?雰囲気台無しだよ空気読めねーな。」
「それもよく言われます。」
2人のこんな会話が10分程度続いた。