第一章 第三話 記憶の断片
「あぁー貴方も重なってますねー」
ニット帽の青年がいきなり、どこか芝居がかった口調で言った。
「いや? 違うか……混ざってるのか」
その口元がニヒルに歪んだ。
だがその笑みには、どこか人のものではない冷たい狂気がにじんでいた。
陽次郎の背筋に、ぞっとするような寒気が走る。
「何だ……何がおかしい……?」
震える声で問いかける陽次郎に、少年は首を傾けながら一言。
「いや、何でもないです」
そして、急に思い出したようにぴしりと指を立てて言う。
「……あー、そうだ自己紹介が遅れましたね。私は――」
だがその名を口にする前に、陽次郎の怒りが爆発した。
咄嗟に身を乗り出し、少年の胸ぐらを掴む。
「……お前、あの男の仲間なんだろ!? どこにいる! 今どこにいるんだ!!」
青年は一切動じず、静かに答えた。
「それはできませんね」
「だったら……力ずくで吐かせるまでだッ!!」
陽次郎は、感情が爆発するままに病室のテーブルにあったカッターナイフを掴んだ。
それを振りかざした瞬間――
消えた。
そこにいたはずの少年が、一瞬にして視界から消えた。
「……っ!?」
次の瞬間、足元から突き上げるような衝撃。
青年の足が陽次郎の顎を正確に蹴り上げ、陽次郎の身体は宙を舞い、壁に叩きつけられた。
「ッぐ……っ……!」
崩れ落ちる陽次郎を見下ろしながら、青年はやれやれと首をかく。
「ほんと、これだから更年期のおっさんは嫌なんですよ。怒りっぽいし、無鉄砲だし。
……これと“仲良くやれ”なんて、言われても無理だって」
吐き捨てるように言ってから、青年はその場にしゃがみ込み、目線を陽次郎に合わせる。
「――いいですか?」
その声は、先ほどまでの軽薄さを捨てた、芯のある冷たい響きだった。
貴方が恨むべきなのはあの男ではないですよ貴方が恨むできなのは“人”ではない何かなのですから」
言葉の意味が脳に届くより先に、陽次郎の心に深い冷たさが染みわたっていく。
部屋に乗り込んできたあの男と今、目の前にいる気味が悪い男の言っていることが妙に説得力があり
落ち着きを取り戻しつつあった。