「昔、僕は戦士の宿に行った」
カリは僕の手を引いて、頑丈そうな木の扉を勢いよく開けた。
中に入ると、そこはバーかレストランのような場所だった。
天井から吊るされた雷属性の魔獣核の灯りに照らされて、丸いテーブルがいくつも並んでいる。
そのテーブルには、多くの人々が座っていた。
何組もの鎧を着た男たちが、エールを飲みながらワインを食べ──いや、たぶん「ワインを飲みながら食事をしていた」のだと思う──大声で笑っていた。
顔を赤らめ、豪快に笑うその姿は、ちょっと乱暴そうに見える。
だが、僕は人を見た目だけで判断することはない。
とはいえ、彼らの擦り切れた鎧を見ると、傭兵である可能性が高そうだった。
ホール内では何人ものウェイトレスが忙しく動き回っており、料理を運んだり、客にサービスをしていた。
中にはウェイトレスにちょっかいを出す客もいたが──一人の男が少し調子に乗った瞬間、それがどれだけ愚かな行動かを僕は知ることになった。
その男が、通りかかったウェイトレスの尻を掴んだ次の瞬間。
彼女は無言でその手をつかみ、そのまま椅子から引きずり下ろして、床に叩きつけた。
「ぎゃあああっ!」
悲鳴を上げる男の腕は、不自然な角度に折れ曲がっていた。完全に脱臼している。
店内は、その様子を見た他の客たちの笑い声で満たされた。
「ハハ! あのバカ、新入りかよ! この店でウェイトレスに触っちゃいけないって常識だろ!」
「馬鹿なヤツだな! レクシィみたいな女に手を出して、無事で済むとでも思ったのか!?」
「ここのウェイトレスは全員が強力な霊術士って知らないのかよ。触ろうなんて、正真正銘のアホだな」
カリと僕は、腕を脱臼させられた哀れな男が、ウェイトレスに引きずられて扉の外へと放り出されるのを見ていた。
そして、ウェイトレスは手をパンパンと払い、まるで何事もなかったかのようにこちらに向き直った。
その顔には、明るく爽やかな笑みが浮かんでいた。
まるで、たった今の騒動など最初から存在しなかったかのように──。
「こんにちは!『戦士の宿』へようこそ! お食事ですか? それともご宿泊ですか?」
「えっと……」
少しのあいだ思考が止まったが、すぐに我に返る。
「どちらかというと、両方ですね。まずは食事をしたいですが、それから一晩泊まる予定です」
「ラッキーですね! まだいくつか空き部屋があると思いますよ! デメテルに確認してみますね。その間、お好きな席にどうぞ! すぐに誰かがお料理の注文を取りに伺いますから!」
「ありがとうございます」
カリと僕は、同時に笑顔でそう言った。
「きゃっ、二人とも同時に言いましたね。かわいい〜」
そう言い残して、彼女は賑わう酒場の中へと戻っていった。
道行く客に気さくに挨拶する様子から、常連客に親しまれていることがよく分かる。
そして、奥の扉へと消えていった。
僕たちは顔を見合わせた。
「じゃあ、どこでも座っていいみたいだね」
「空いてる席を探しましょう」
店内を歩きながら、僕たちは多くの視線を感じた。
けれど、よく見てみると、その大半は僕ではなく──カリに向けられたものだった。
この店には男性客の方が多い。そして、皆カリを見ていた。
それもそのはずだ。
今のカリは、果てなき砂漠で手に入れた衣装のひとつを着ていた。
彼女のトップスは黒と金の布地で、胸と背中を交差するように包み込んでいる。
布は身体を一周し、前面に戻ると、腰を通って再びX字に交差。
その前後からはガウンのように長い布が垂れ、歩くたびに優雅に揺れていた。
「誰だ、あの子?」
「あんな服、見たことねえぞ」
「くそっ、あの女、マジでイイ女だな。酒でも奢ったら、相手してくれるかな?」
「やめとけ。あの男と一緒にいるの見えねえか? 明らかにカップルだろ」
「はっ!? あれ、男だったのかよ!? ガチで男前な女かと思った!」




