フード姿の男に襲われて
カリは、太陽が沈み始めた頃に図書館を後にした。
俺は残りの時間を使って図書館の掃除を済ませておいたので、閉館時間にはあまりやることがなかった。
最後の客が出て行ったのを見届けた後、俺は三十分ほどで図書館を閉めることができた。
空はすでに夜の帳に包まれ、星々が顔を見せ始めていた。
辺りはかなり暗かったが、十メートルごとに設置された雷属性の魔物核を使った街灯が、通りをぼんやりと照らしてくれていた。
俺は静まり返ったネヴァリアの通りを歩き、自宅への見慣れた道をいくつか曲がりながら進んでいた。
「リン、出かけてなきゃいいけどな……」
そう、俺は独り言を漏らした。
リンは今朝、家に一人でいるのが退屈だと不満を漏らしていた。
そして、俺が心配していると伝えるまで、一歩も引こうとしなかった。
彼女のあの意志の強さを思えば、勝手に出かけていてもおかしくない。
もし出ていったなら、周囲は騒ぎになるに違いない。
……だが、その“騒ぎ”が起きていないという事実こそが、逆に安心材料だった。
角を一つ曲がったときだった。
次の道を進もうと足を踏み出したその瞬間――
背筋に電流のような感覚が走った。
明確な“殺気”――悪意の気配が、一瞬だけ俺の身体を駆け抜けた。
俺は即座に反応した。
数歩、素早く跳び退いた。
直後、黒いフードを被った屈強な男が、俺が立っていた場所を突っ切るように突進してきた。
その外套は全身を覆っており、顔も、髪も、肌も、何一つ見えない。
ただ一つ――その肉体が常人離れした筋肉を持つ男であることだけが分かった。
「……お前は誰だ?」
俺は低く問いかけた。
だが、返事はない。最初から期待していなかったが。
フードの男は無言のまま、二歩前に出ると――
腕をくねるように後方へ引いたかと思えば、次の瞬間、両拳を前に突き出した。
拳から迸ったのは、水の奔流。
その勢いはかなりのもので、もし一般人が直撃を受ければ、確実に吹き飛ばされるだろう。
俺はすぐさま横に跳躍し、水流を避けた。
そして、着地したその瞬間――
「っ……!」
脳内の警鐘が再び鳴り響いた。
咄嗟に身を伏せた俺の頭上を、何かが鋭く通り過ぎていった。
風に舞うのは……俺の髪の一部。
何本かが、空中でくるくると回転し、夜風に乗って遠くへ流れていった――
地面すれすれの体勢を保ったまま、俺は素早く身体を回転させた。
すると――すぐ目の前に、一対の足が現れた。
顔を上げると、また別のフード姿の男が俺を見下ろしていた。
「ふっ!」
脚力を最大限に活かして地面を蹴る。
俺の身体は矢のように上昇し、その速度は、目の前の男が反応するには速すぎた。
相手の足が空を切った瞬間、俺は素早く後退。
次の瞬間、勢いを乗せて拳を振り上げ――
「ッガッ!」
渾身の一撃が相手の顎を捉えた。
鈍い“バキッ”という音が、誰もいない夜の通りに響き渡る。
呻き声とともに、血と歯がフードの中から飛び出し、空中を舞う。
相手の身体は後方に弧を描いて吹っ飛び、地面に激突したかと思えば数度バウンドし、そのまま数メートル先でようやく動きを止めた。
「アルフ!!」
最初に俺を襲ってきたフードの男が、怒声を上げた。
「この野郎ッ!!」
「先に襲ってきておいて、反撃されたら“この野郎”かよ」
俺は呆れたように呟いたが、相手に届いてはいないようだった。
フードの男は再び駆け寄ってくると、俺の前で急停止。
そして、左手を伸ばしながら回転を始めた。
その手のひらに現れたのは――水の球。
一回転を終えると同時に、その水球をこちらへ向かって放り投げてきた。
見た目は派手だが、速さはそれほどでもない。
《閃光歩法》を使える俺からすれば、子供の遊びにしか見えなかった。
そもそもこの技も、さっきの水流の技も、精々D級かC級程度の霊術に過ぎない。
正直、わざと当たっても痛くも痒くもないだろう。
……だが、わざわざ受けてやる義理もない。
俺は一歩左へ踏み出し、水球をかわした。
そのまま膝を軽く曲げて、地を蹴る――
だが《閃光歩法》は使わなかった。
必要がないと判断したからだ。
一瞬で相手の懐に飛び込む。
男は驚いたように息を呑んだ。
数メートル離れていたはずの俺が、気づけば目前にいるのだから当然だ。
慌てて後退しようとする――
だが、その隙すら、俺は与えなかった。