ルーンを逆にすれば…
「この霊術、実はAランクの霊術に変化させられるって知ってたか?」
「えっ?本当に?」
カリが驚いたようにまばたきした。
俺は頷いてから尋ねた。
「余ってる羊皮紙と羽ペン、あるか?」
目の前の机には、すでに何枚かの羊皮紙とインクに浸った羽ペンが置かれていたが、念のため聞いた。礼儀というやつだ。
カリは頷き、羊皮紙を一枚手渡してくれた。そして、羽ペンとインク壺をこちらに滑らせる。
俺は羽ペンを取り出し、インクの余分を瓶の縁で軽く払ってから、巻物の内容を羊皮紙に書き写し始めた。
「ゲボは“贈り物”という意味だ。犠牲と寛大さ、どちらの意味もある。つまりバランスを示すルーン。これは変えない方がいい」
「ケナズも同じだ。ケナズは命の炎、変化と再生の火を象徴する。これも大事な要素だからそのままでいい」
「でも……エイワズはどうだろう?」
「エイワズは何かを得ようとする原動力、動機や目的意識を与えるルーンだ。つまり“意志力”を示す。
これを逆位置、つまり“エイワズ・メルクスターヴ”にしたら、どうなると思う?」
カリは唇を噛んで考え込んだ。
ルーンに関して、ネヴァリアの人々があまり詳しくないことは知っていた。
だからこそ、新しい霊術がほとんど発明されないのだ。
知識は完全に失われたわけではないが、断片的だった。
――だが、カリは聡明だ。
前の人生では、彼女は“イミグ”という名のドゥエルグに教わって、ルーンの専門家になった。
少し指針を与えるだけで、俺以上の知識を得られると確信していた。
「逆にすると……たぶん、“逆の意味”?」
彼女は首を傾げながら答えた。
「混乱とか? 破壊……とか?」
「そう、それで正解だよ」
俺は微笑みながら頷き、先ほど写した霊術の下にもう一つのバージョンを書き加えた。
今度は“エイワズ”を“エイワズ・メルクスターヴ”――逆位置――に変更して記述する。
「こうすれば、この霊術の威力はAランクに達するだろう」
「でも……それって、制御が効かなくなるんじゃない?」
カリが不安げに聞いてきた。
「エイワズが信頼性と動機を表すなら、その逆は“信頼できない”ってことになるでしょ?」
「その通りだ」
俺はゆっくりと頷いて認めた。
「だが、もしお前が求めているのが“強力な一撃”であって、それが敵を確実に破壊することなら、果たして制御は必要か?」
「それは……まあ、そうかもね」
カリは不本意そうに唇を尖らせながらも、認めざるを得なかった。
俺は笑いながら肩を軽くぶつけた。
「殺すつもりのない相手との決闘なら、通常の《光力壊滅》で十分だ。
相手の霊力が自分より劣っていればね。
だが、BランクやAランクの魔獣と戦うなら、制御された攻撃では足りない。
その恐ろしい敵を一撃で滅ぼすような技が欲しいはずだ」
自分の過去の人生でカリから教わった言葉を、今こうして“俺が”彼女に教えていることに、少しばかりの皮肉を感じた。
けれど、それを表には出さなかった。
――もしカリが、この全てをかつて自分が俺に教えたことだと知ったら、どんな顔をするだろう?
信じてくれれば、きっと嬉しそうに目を輝かせるだろう。
……まあ、信じてくれればの話だけどな。
「……なるほどね」
カリは小さくつぶやき、再び唇を噛んだ。
視線は俺の書いた羊皮紙へと移る。
上下に並んだ二つの霊術の文字列を見つめた彼女は、ふとこちらを見た。
「他にも改良できるところってあるの?」
「もちろんだとも」
俺はにっこりと笑って答えた。
その後、俺たちは数時間にわたって、霊術がどのようにルーン構成を変更することで改造・強化できるのかについて話し込んだ――