Bランク霊術
カリは、やはり二階にいた。
図書館の奥にあるテーブルに座り、本を読んでいる。
最近では珍しくなかったが、他にも何人か人がいた。全員、十四歳から二十歳前後の男たちだ。
――目的は明白だった。
ただ、彼らは読書をしているカリの姿を眺めに来たのだろう。
俺はため息をついた。
美しいというだけで、人がこれほどまでに群がるものなのか。
まあ、視線を送るだけで手を出してこないだけマシだが……それでも、あからさまな視線にカリがうんざりしているのは間違いない。
「やあ」
周囲の視線を無視しながら、俺はカリの元へと歩み寄った。背中に鋭い視線が突き刺さるのを感じたが、気にしないようにする。
「やあ、自分から声をかけてくるなんて珍しいじゃない」
カリは微笑んでこちらを見た。金色の髪が顔にかかるが、すぐにその一房を耳にかけて整える。
俺が隣に腰を下ろすと、彼女は自然に身体を寄せてきた。
太ももが触れ合い、そのぬくもりがじんわりと伝わってくる。
彼女の髪から漂う香り――洗い立ての髪の香りが、ほんのりとバニラの甘さを含んでいた。
「今日は何を読んでいるんだ?」
俺は自然体を装って尋ねた。
「霊術の巻物よ」
カリは俺の方へさらに身を寄せた。
――霊術の巻物か。
つまり、実戦向けの技術を習得しようとしているということだな。
カリは今日はマントを羽織っていたが、それはどちらかというとケープに近いデザインだった。
服装は淡い紫色のワンピースで、足首まで届く丈。靴はスリッポンタイプの簡素なものだった。
薄い生地のワンピースが俺の太ももに触れるたび、絹のズボン越しに柔らかな感触が伝わってくる。
そのぬくもりを密かに楽しみながら、俺は彼女が読んでいた巻物に視線を落とした。
かなり古びた見た目だった。
おそらく数十年前の代物だろう。
巻物に刻まれたルーン文字はかすれており、何度も読み返されたことが一目でわかった。
「スリュサズ、ゲボ、ケナズ、ハガラズ、エイワズ、そしてイェーラの逆位置か」
舌打ちするように呟く。「これは……Bランクの霊術だったはずだな」
カリは頷いた。
「“光撃滅流”っていうの。掌か武器の先から光の流れを放って、強力な破壊力を与える技術よ。
当たったものは――まあ、防御力が低ければ――跡形もなく消し飛ぶわ」
彼女はそこで一度言葉を止め、どこか自嘲気味な笑みを浮かべた。
「でも、相手が強力な防御を持っていたら話は別よ。Bランクの霊獣で防御型なら、かすり傷程度で済むこともあるし、
霊力が高い霊術師なら、霊気で打ち消されることもあるわ」
俺は彼女の説明を聞きながら、穏やかな微笑みを浮かべた。
この術については、既に知っていた。
過去にカリが何度も使っていた技術だったからだ。
けれど、彼女の声を聞いているだけで満ち足りた気分になれた。
正直なところ、内容はどうでもよかった。彼女の声を聞けるなら、それでよかった。
「ちゃんと聞いてるの?」
俺の表情を見たカリが、頬をぷくっと膨らませた。
「もちろん聞いてるさ」
俺はくすっと笑う。彼女はますますむくれて、視線をそらした。
「そのふくれっ面、危険すぎるな。霊術よりも男を堕とす破壊力がある」
「な、なに言ってるのよバカッ!」
真っ赤になって抗議するカリの声に笑いながら、俺は巻物に視線を戻した。
確かにこれは、かなり優秀なBランクの霊術だった。
中級の霊術師で、そこそこ霊力を備えている者なら、喉から手が出るほど欲しがるだろう。
――もっとも、問題は属性だ。
この霊術は“光属性”でなければ使えない。
その属性を持つ者は非常に少なく、俺の知る限りでは、カリ以外に二人しかいなかった。
そして、そのうちの一人は……過去、カリが死に際に自分の属性を俺に譲渡してくれたことで、俺が得た存在だった。
――今の俺に、その光属性はまだ残っているのか?
それは未だにわからないままだった。