俺は常に全力投球の男だ
「はぁ……はぁ……はぁ……」
木々の間を駆け抜け、岩を飛び越え、開けた草原を走り抜けながら、俺はファイを抱えて距離を稼いでいた。腕の中の少女は、まだ一言も口にしていない。恥ずかしさで固まってるんだろう。抱き上げた瞬間に気づいたけど――あの状況じゃ、立ち止まるわけにもいかなかった。
やっとのことで、周囲を巨木に囲まれた静かな空き地にたどり着く。分厚い樹冠が頭上を覆っていて、太陽の光はほとんど届かない。わずかに差し込む光が木々の揺れとともに地面に幾何学模様を描いている。この場所には小さな池があった。滝はなかったが、水は透き通っていて、直径数メートルはある。どこかから小さな流れが流れ込んできていた。
「……あの」
肩で息をしながら立ち尽くしていると、ファイがようやく口を開いた。
「一体、何が起きたんですか?」
呼吸を整えたあと、腕の中の彼女を見下ろしながら、俺は少し照れくさそうに笑った。
「……ちょっとした訓練の事故だ」
「訓練の事故?」
ファイは眉をひそめながら俺の顔を見つめてくる。両腕は俺の首に回されたまま。その手のひらで俺の髪を無意識に弄っていたが――本人は気づいていないだろう。
「さっきのエネルギーと光の爆発……あれ、あなたですよね?」
「……あはは、まぁ、うん……そうだな」
ファイは呆れたように、でもどこか楽しげに首を振った。
「あなたって、何事も中途半端って言葉を知らないんですか?」
俺は視線を逸らし、右頬を汗が一滴流れるのを感じながら、言葉を探す。
「……俺の性分なんだ。やるなら、全力でやるしかない」
「……ええ、ここ二ヶ月で、よくわかりました」
二人でふっと笑い合った――だが、その瞬間、ファイが自分がまだ俺の腕の中にいることに気づいたようで、顔が髪と同じくらい真っ赤に染まった。
「……あの、そろそろ下ろしてもらえますか?」
小さくて、恥ずかしさが滲み出た声でそう頼まれる。
俺も頬が熱くなるのを感じた。
「あ、ああ……悪い」
そう言って彼女を地面にそっと下ろした。ファイはすぐに数歩後ろへ下がった。その間に、俺は周囲を見渡す。この空き地は、ファイが『閃歩』の練習をするには十分な広さがあった。それに、トレーニング後に身体を洗える池もある。俺はたまに仕事に直接向かうこともあるから、家に戻る余裕がない時には助かる。
「……この場所、気に入った」
そう口にしてから、振り返って言った。
「ここを新しい修行場にしないか?」
ファイの目は、俺が何かを隠していると気づいているようだった。でも彼女はただ肩をすくめて、
「あなたがそう言うなら、いいですよ」
と答えた。
素直に受け入れてくれて嬉しかった。ファイのそういうところが好きだ。彼女はどんな状況でもうまく順応できるタイプで、投げられたものを受け止めて、それを自分なりに形にしていく。ただ――たまに思うんだ。彼女の自信満々に見える態度は、実はそうでもないんじゃないかって。たとえば、以前「あなたを諦めない」って言った時に、あの不安げな表情を浮かべていたように……。
たぶん、俺の思い過ごしかもしれない。でも、彼女の堂々とした振る舞いの裏には、自分自身への自信のなさが隠されている気がしてならなかった。
「……で、俺が“邪魔”する前に、フラッシュステップの練習はどこまで進んでたんだ?」
そう聞くと、ファイはがっかりしたようにため息をついた。
「あなたが用意してくれた目標地点には、一応届くようになったんですが……成功したのは十回中一回だけです」
「フラッシュステップを実戦で使えるようにするには、狙った位置に正確に着地することが最重要なんだ」
俺はそう言いながら、空き地の端に歩いていく。
「たとえば、戦闘中に相手の背後を取ろうとフラッシュステップを使ったとする。でも狙いがズレて正面に出てしまったら、当然、反撃を食らう。下手したら即アウトだ」
そう言いながら、地面に一本線を引く。そしてそこから十メートル先に、もう一本の線を引いた。
「さらに問題なのは、狙いを外したことで一瞬でも“迷い”が生まれることだ。戦闘におけるその一瞬の迷いが、生死を分けるんだ」