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俺自身の訓練

「大丈夫か?」

俺はフェイに尋ねた。

彼女は目を大きく見開き、顔色を失っていた。

「だ…大丈夫だと思う…」

フェイは呆然とした声で答えた。

「言われた通りにやったのに…。足にもっと霊力を込めて…でも、それで制御が効かなくなって……地面に足をつけた瞬間、体が勝手に前に――飛び出してた」

「それが、足に霊力を入れすぎた時に起きる現象だ」

俺は頷いた。

「あ…」

フェイの口は小さく “O” の形を作ったまま、俺を見上げていた。

数秒の沈黙の後、自分の状況に気づいた彼女の頬が一気に赤く染まった。

今、彼女は――まるでお姫様のように俺の腕の中に抱かれていたのだから。

「えっと……そろそろ、降ろしてくれませんか?」

彼女は照れながら言った。

「お前が本当に大丈夫ならな」

「大丈夫です。お願いします、降ろしてください」

俺はフェイをそっと地面に下ろしたが、すぐそばに立ち続けた。

万が一、再び足元がふらついた時に支えられるように。

彼女の脚はわずかに震えていたが、すぐにしっかりと立て直し、

その目に、燃えるような決意の光を宿らせた。

「もう一度、練習します」

フェイはきっぱりと言った。

その言葉と目に宿る炎を見て、俺は自然と微笑んでいた。

「じゃあ、技術が安定するまで見守っててやる。

その後で、俺自身の訓練に入るつもりだ」

その一言でフェイの顔が再び赤くなった。

俺も、思わず息が詰まりそうになる。

けれど、表情に出さないように必死で平静を装った。

「ありがとう…」

彼女は小さな声でそう言い、視線を逸らした。

「気にするな」

俺は軽く手を振ってその感謝を払い除けるような仕草をした。

鼓動がほんの少し跳ねたが、そんな素振りは見せないようにした。

「さあ、もう一度やってみろ。

動きや結果を見て、必要ならアドバイスしてやる」

「はい!」

フェイは再び、スタートラインへと歩いて戻り、

《閃歩》の習得に挑戦し始めた。

数回の挑戦はすべて失敗に終わった。

霊力が多すぎたり、逆に少なすぎたり。

だが、あの最初の大惨事のようなことはもう起きなかった。

そして、試みを繰り返すたびに――

彼女の動きは、少しずつ、着実にゴールに近づいていった。

俺は彼女の訓練を見守りつつ、時折アドバイスを送ったが、

そのうちに気づいた。

今のフェイに必要なのは、俺の助言ではなく――

自分で感覚を掴み、目標線までのちょうどいい霊力の量を

身体で覚えることだった。

これは、俺が手助けできるようなことではなかった。

フェイがもう俺の手を借りずに練習できるようだったので、

俺自身の訓練に取りかかることにした。

数日もあれば、彼女は《閃歩》の基本くらいは習得できる――そう信じている。

俺は林の中から離れ、周囲を少し歩き回った。

やがて、ちょうどよさそうな大岩を見つけた。

その岩に近づき、手をそっと置いてみた。

……しばらく無言のまま考え込み、やがて頷いて後ろへ数メートル下がる。

フェイとは違い、俺にとって《閃歩》は霊力の訓練にならない。

この技は霊力をほとんど必要としないからだ。

仮に霊力の消費量を「単位」で表すとすれば、

《閃歩》に必要な霊力は「1単位」。

フェイの総霊力量が「100単位」だとしたら――

俺の霊力は「1,000単位」にもなる。

もちろん、これは正確な数値ではない。

だが、それでもこの技がいかに少ない霊力で済むか、目安にはなる。

仮に《閃歩》を休みなく使い続けたとしても、

俺の霊力が尽きるまでには何時間もかかるだろう。

そんな非効率な訓練は意味がない。

俺は足を肩幅に開き、膝を曲げて構えをとった。

左肘を体に引きつけ、右手を大岩に向けて突き出す。

掌は岩に向け、深く息を吸って――そして、吐き出す。

次の瞬間、霊力が右腕から解放された。

その霊力は俺の腕と掌を通って流れ込み、

肘までが淡い青色の光に包まれた。

バチッ!

雷光のような火花が腕から迸り、数本の雷が地面を焼いた。

俺は歯を食いしばりながら、霊力をさらに圧縮していく。

掌から放たれる霊力は、徐々に集中していき、

青い光は上腕、前腕、そして掌へと這い上がっていった。

そして――

掌の前に、小さくも圧倒的な霊力の球が出現した。

青く、激しく、バチバチと音を立てている。

その時には、全身汗だくだった。

肩は上下し、呼吸も荒い。

これほどの霊力を制御するのは想像以上に過酷だ。

俺の体内に残っていた霊力は、

すべてこの小さな球体に込められていた。

これを爆発させず、掌の前に留めておくこと――

それだけでも、並大抵の集中力では不可能だった。

俺は荒い呼吸を整えながら、霊力の球の制御が安定したことを確認した。

爆発する恐れがないと判断したところで、次の訓練段階へと移る。

――それを、前方へ放った。

バンッ!!!

霊力の球が爆音と共に射出された瞬間、

俺は「まずい」と気づいた――だがもう遅い。

球体は岩に直撃し、炸裂した。

莫大な霊力が解放され、

大岩を包み込むように光柱となって爆発した。

眩い閃光が目を焼き、思わず目を閉じる。

だが目を閉じていても、視界の裏側が焼かれるように灼熱感が残った。

足元の大地が揺れ、

岩盤が砕ける轟音が耳をつんざき、

遠くからフェイの叫び声が聞こえてきた。

そして――

数秒後、ようやく静寂が訪れる。

目を開くと、俺は我が目を疑った。

……岩は、跡形もなく消えていた。

いや、それだけではない。

半径10メートルはあろうかという巨大なクレーターが出現し、

そこから先――少なくとも500メートル先まで、

森はなぎ払われ、木々も岩も、すべてが消滅していた。

これは……まずい。

疲れていたはずの身体に、

アドレナリンが一気に流れ込み、俺はすぐさま走り出した。

訓練場へ戻ると、フェイが尻もちをついて座っていた。

俺の攻撃で吹き飛ばされたのだろう。

彼女は俺に向かって目を見開き、叫んだ。

「今の音と光は何!? エリック、何かやったの!?」

だが俺は答えず、

代わりに錬金薬の袋を掴み、彼女のもとへ駆け寄った。

そのまま、フェイの体を抱き上げる。

「きゃっ!?」と彼女が声を上げたが、

文句を言う前に俺はすでに走り出していた。

たとえ何を言われようと、

今は彼女を連れてこの場を離れることが最優先だ。

ネヴァリアンの霊術士たちがこの異常に気づいて来る前に、

俺たちは――逃げなければならなかった。

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