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過去にラミアから脱出した

あの建物の中で、二日間を静かに力を取り戻すことに費やした。腕は痛んでいた。ずっと拘束されていたからだ。手首に巻きついた拘束具は肌を擦りむき、赤く腫れ上がっていたが、痛みに意識を向けることなく、霊力を体内に巡らせることに集中していた。

何人かのラミアが時折やって来て、水や食事を持ってきた。だが、俺はそのどちらにも毒が入っていると確信していた。口にするたび、体がだるくなり、意識がぼんやりとする。それを打ち消すため、俺は体内に雷と水の属性を流していた。水には治癒の力があり、雷は毒の中和に使える――火ほどの効果はないが、十分だった。

もういつでも鎖を破って脱出できる自信はあった。しかし、逃げるにはタイミングが必要だった。ただ鎖を砕いて逃げ出してしまえば、誰かがすぐに異変に気づき、警報を鳴らされてしまう。

それに、まだいくつか問題があった。一つは、この場所にどれだけのラミアがいるのか把握していないことだ。もしここが何千、いや万単位のラミアが住む大集落だったとしたら、逃げ出すのはほぼ不可能だ。とはいえ、いずれ行動を起こさねばならないことも分かっていた。

その時は、目覚めて三日目に訪れた。

部屋に入ってきたのは蛇の下半身を持つ男だった。これまで俺に水や食事を持ってきたのは、すべて女性だった。おそらくメデューサの命令だろう。美しく、裸の女を使えば、男の警戒心が緩むとでも思ったのかもしれない。

俺には意味のないことだったが、彼女はそれを知らなかった。

「時間だ」

男のラミアは腰にコペシュを携え、こちらに滑るように近づきながら目を光らせていた。

「儀式の準備が整った。女王様の子を産むため、お前には命を捧げてもらう。誇りに思うがいい。その命が、女王様の第二子を強く育てるのだ」

「それは光栄なことだな」

俺は皮肉混じりに答えた。男のラミアが壁の鎖を外そうとしていたが、さすがに手首の鎖までは外してくれなかったようだ。

「だが、その名誉にあずかるつもりはない。俺は、未だ生まれていない蛇の子の餌になるつもりはないんでな」

その言葉に、蛇男は驚いたようにシューッと音を立てた。だが、何を意味しているのか理解できていないようだった。それでいい。理解される前に、終わらせる。

霊力を手に集中させ、雷の力を鎖に流し込んだ。電撃が俺の体を駆け巡り、薄青い稲妻が鎖を伝って蛇男の手に放たれる。

「ギシィッ!」

火花が弾け、男の手から蒸気が立ち昇った。苦悶の声を上げ、蛇男は一瞬後ずさった。

俺はその隙に霊力のオーラを解き放ち、身体全体を雷の粒子で包み込んだ。そして壁に繋がれていた鎖を一気に破壊。地面を蹴って蛇男へと飛びかかった。

反応速度だけは褒めてやるべきかもしれない。男は即座にコペシュを抜き放ち、こちらへと振り下ろしてきた。だが、動きは鈍く、ぎこちない。さっきの電撃が神経を乱していたのだろう。

俺はその一撃をしゃがんでかわし、左手を突き出した。手首に残った約半メートルの鎖が、コペシュの刃に巻きつく。

「ふんっ!」

力強く引き寄せると、コペシュは男の手を離れて宙を舞った。俺は即座に二歩踏み出し、男の懐へと滑り込んだ――

彼は尻尾で俺を打とうとした。風を切る轟音が周囲に響き渡り、強靭な尾が俺の頭目掛けて迫ってきた――だが届かなかった。俺はすでに至近距離にいたのだ。

「ふっ!」

左腕に力を込め、鎖を振るいながら雷を流し込む。鎖の一撃がラミアの顔面を打ち抜き、雷光が頬を駆け抜けた。彼は体を回転させながら地面に倒れ込み、何度か痙攣したが、それ以上は動かなかった。

「……死んだか、生きてるか?」

俺は近寄り、ラミアの首に手を当てた。脈はあった。しばらく考え込む。とどめを刺すべきか?

首を横に振る。もしさっきの攻撃で死んでいたなら、哀れみも感じなかっただろうが、戦えない相手を殺すほど俺は冷酷ではない。

腕の鎖を引きちぎり、ラミアの手と尾に巻き付けた。さらに、雷を使って鎖の切れ端を溶かし、接合する。これでしばらくは動けまい。身体はまるでプレッツェルのようだった。

確認を終えた俺は、ラミアのコーペシュを手に取り、何度か素振りをしてみた。

「……変わった剣だな」

重さも、空気の切れ味も、全てが違和感だらけだ。だが時間はない。素手でラミアたちとやり合うには無謀すぎる。武器があるだけマシだ。

俺はカーテンの裏に回り、そっと外を覗いた。周囲には四角い泥レンガ造りの建物が立ち並び、誰一人いない。おそらく、儀式の場に集まっているのだろう。

「……運がいい」

警戒は怠るべきでないが、幸運を疑うのも愚かだ。もらえるものはもらっておこう。

建物の間を抜けて進んでいくと、遠くから騒音が聞こえてきた。金属がぶつかる音。怒号。そして……歓声?

なぜ戦っているのに歓声が上がる?

しばし悩んだ末、音の方角へ向かうことにした。嫌な予感がする――が、こういう時の直感は侮れない。

そして、角を曲がった瞬間、俺の予感は的中する。

「ラミアたちが……囲んでる?」

建物の壁をよじ登る。崩れかけた泥レンガが意外と役に立った。屋根に上がった俺が見たもの――ラミアたちが大きな輪を作り、その中央で戦っている者がいた。

「……カリ?」

輪の中心に立つのは、間違いなくカリだった。

前に見たときとは衣装が変わっていた。引き締まった腹部があらわで、胸当ては革製のようだが、あまり守備力はなさそうだ。肩当ても革のような素材。腰にはスカートが巻かれ、足元のサンダルで砂に円を描きながら舞っている。

彼女の槍――ランスルがくるくると舞い、対峙しているのは――あの女王、メデューサ。

彼女たちの体には無数の切り傷と痣があった。カリの左腕は紫色に腫れ、メデューサの胴体には光属性による火傷の痕が残っている。

二人の身体を包む霊力のオーラは凄まじかった。カリのオーラは金色に輝き、まるで神性を帯びているよう。対するメデューサのオーラは深い紫で、冷たく毒々しい気配を放っていた。

「この女王の都市に無断で入り込み、民を殺し、儀式を邪魔した罪……!」

黄金の瞳を細めながら、メデューサが hiss と唸る。

「この女王の腹を攻撃し、胎内の子を危険に晒した!貴様には死よりも恐ろしい拷問が待っていると知れ!」

「苦しむのは、あんたの方よっ!!」

カリが怒鳴った。

「エリックはどこ!?今すぐ言いなさい!言わなきゃ、その腹を裂くわよ!!」

「この女王に対して、なんという無礼……ッ!!」

女王メデューサの顔が怒りで真っ赤になり、怒声とともにカリに飛びかかった。

しかし、カリの反応は迅速だった。

砂漠の砂を蹴って舞い、ランスルを華麗に操る。先端から光がほとばしり、それは光の槍へと姿を変えた。

槍は一直線に女王メデューサを襲う。彼女は咄嗟に避けたが、被害は避けられなかった。

周囲にいた数名のラミアが、光の槍に貫かれ、その場に倒れたのだ。

民の死を目の当たりにし、メデューサの怒りは頂点に達した。

その目が赤く染まり、怒りに満ちた咆哮を上げながら、カリに襲い掛かる。

左、右、斜め、上、下、横――

彼女の二本のコーペシュが風を裂き、悲鳴のような音を立てる。

だが、その多くはカリの霊力のオーラによって防がれ、かすり傷程度で済んでいた。

後退しつつあるカリを追い詰めるように、女王メデューサは霊力で紫色に輝く毒蛇を数体召喚した。

しかし、カリは動じない。神聖な光に包まれたように見えるランスルを振るい、毒蛇を一体ずつ切り裂いていった。

俺は距離を測る。ラミアの輪から……およそ十二メートル。

うなずいて、建物の端まで下がり、背を向けて足に霊力を集中させる。

3… 2… 1…!

全力で駆け出し、屋根の端から宙へと飛び出した。

風が体を裂き、耳元を過ぎる。俺は霊力を体に循環させ、それを手に持つコーペシュへと注ぎ込んだ。

着地点は、ラミアの円の最も遠い部分。

誰一人、俺に気づいた者はいない――遅すぎたのだ。

驚きの表情を浮かべたラミアの一人を視界に捉え、俺は叫ぶことなくコーペシュを横薙ぎに振るった。

雷光が炸裂し、コーペシュが霊力に耐えきれず粉砕された。だが問題はなかった。

雷の弧が地面を薙ぎ、蒼白の閃光が爆発するように広がった。

直撃を受けたラミアたちは、一瞬で黒焦げの死体と化した。

その周囲にも雷が波紋のように広がり、何体もの蛇人たちが吹き飛ばされ、あるいはその場に倒れ込んで痙攣した。

「エリック!!」

戦いを中断したカリとメデューサが、俺に目を向けた。

「行くぞ!」

俺は叫びながら霊力を解放した。

雷と水が絡み合うような霊力のオーラが、俺の周囲に渦を巻く。

「もうここに留まる意味はない!」

「了解!」

カリは笑いながらランスルを頭上に掲げ、足元で砂を蹴りながら不思議なリズムで動き始めた。

「貴様ら……この女王が、絶対に殺してくれるッ!!!」

メデューサの悲鳴が響く。

彼女は両手を高く掲げ、紫の霊力が凝縮された巨大な球体を出現させた。

空気が焦げ付き、奇妙な匂いが漂う。

「……毒だ」

一目でわかった。その球体は、空気すら侵す強力な毒の塊。

メデューサは叫びと共に、それをカリへと投げつけた。

その時、カリのランスルは、もはや直視できないほどに眩く輝いていた。

そして、彼女も叫ぶ――武器を振り下ろして。

ビームは放たれなかった。

攻撃が放たれることもなかった。

その代わりに起きたのは、カリのランスルが凝縮された霊力の球体を真っ二つに斬り裂いたことだった。

斬られた球体は左右に分かれ、避けきれなかったラミアたちの群れに直撃する。

どうやら、彼女たちもメデューサの毒には耐性がなかったらしい。

断末魔の叫びが響き渡り、彼女たちの身体は酸のような毒で溶けていった。地面さえも、溶けて崩れていく。

その一撃にかなりの力を込めたのか、カリの呼吸は荒くなっていた。

それでも彼女は休むことなく前進する。再びランスルを輝かせ、呆然とした女王メデューサに斬りかかる。

メデューサは後退しようとしたが、間に合わなかった。

「ぎゃあああああっ!!」

彼女の肩から血が噴き出し、右腕が宙を舞った。

だが、カリはとどめを刺すことなく踵を返す。

この場から逃げることの方が、今は優先だと判断したのだろう。

俺もそれに同意した。

まだ戦えるラミアは数多く残っている。

「行くよっ!」

彼女は叫びながら俺の横を駆け抜ける。

俺たちは砂漠の中へと逃げ込んだ。

背後では怒号と悲鳴がこだましている。

どれほど走ったかわからないが、追手は現れなかった。

どうやら、腕を斬られた女王の命を救う方が優先だったようだ。

――まあ、それはそれで賢明な判断だ。俺は内心でそう思った。

「助けてくれてありがとう」

ある程度距離をとってから、俺は礼を言った。

「愛する男を助けるのは、当然でしょ?」

カリは微笑んで答える。

俺は笑った。「そうかもな」

「でもさ…ひとつ聞いてもいい?」

「なんだ?」

俺は軽く手を振って促した。

「……なんで、裸なの?」

俺は自分の身体を見下ろし、ようやく気づいた。

そうだった。俺はまだ、全裸だった。

ブツが揺れている。走るたびに、ブランブラン揺れてる。

……そりゃ痛いわけだ。下着も履いてないんだから。

「その質問に…俺も答えが欲しい」

カリに顔を向けながら、そう答えた。

彼女はただ、呆れたように首を横に振った――。


えっ、エリックって本当に裸のままでラミアと戦ってたの!?Σ( ̄□ ̄|||)

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