オークション、開始
貴族区から少し離れた場所で馬車を降りた俺は、オークション会場を探すためにあたりをさまよった。フェイが教えてくれた道順を頼りにしていたが、やはり少し迷ってしまった。地図も持っていないし、目的地がどれほど遠いかも分からない。
道中、いくつかの会話の断片が耳に入った。そのほとんどが、今日行われるオークションの話題だった。
「なあなあ、聞いたか? オークション会場がAランクの霊術を手に入れたって噂があるぞ!」 「それ、俺も聞いた! でも本当なのか? Aランクの霊術なんて滅多に出回らないって聞いたけど」 「本当らしいぞ。俺の友人がルーメン家の使用人やっててな、本人が霊術の存在を確認したって言ってた」 「マジかよ!」 「マジだって」 「ふん…そりゃあ今日のオークションで相当な金になるな。俺も見つけていればよかったぜ」 「はっ! お前は魔獣山脈に入る許可すら持ってねぇだろ。命懸けで宝探しなんて無理に決まってる」
話しているのは霊術士ではなかった。服装はそこそこ整っていたが、豪奢というほどではない。中流階級、商人や役人といったところだろう。
角を曲がって会話から離れながら、俺は思った。どうやらそのAランク霊術の噂はかなり広まっているらしい。図書館での仕事中、修行の帰り道、買い物の途中でも耳にしたくらいだ。数日前にはカリもその話題に触れていた。あいつやその家族もオークションに参加するのだろうか。
小一時間ほど歩いた末に、ようやくオークション会場に到着した。
建物の巨大さには驚かされた。ヴァルスタイン家の屋敷ほどではないにせよ、巨大な円柱と大きな両開きの扉、風化した赤い瓦でできた切妻屋根が重厚感を演出している。なるほど、これほどの施設を管理していれば、ヴァルスタイン家が貴族に上り詰めたのも納得だ。
正面には既に長い列ができており、数人ずつ順番に中へ通されていた。
だが、俺は正面からは入らない。建物の外壁沿いに歩いて裏手に回ると、フェイが一つの小さな扉の前に立っていた。
今日のフェイは、いつにも増して豪奢な格好をしていた。紫色のドレスは後ろが長く、前が短くなっていて、真っ白な太ももが大胆に露出していた。肩も袖もないそのドレスは、むき出しの肩と鎖骨、そして豊かな谷間を強調し、ほとんどの男なら興奮で遠吠えしそうなレベルだ。ドレスとは別に着けた紫の袖と、金色のヒールサンダルが全体の印象を引き締めている。
「フェイ」俺は微笑みながら声をかけた。「今日はまた、ずいぶんと綺麗だな。まさか、オークションに出品されるのか?」
「あ……」フェイの顔が髪と同じくらい真っ赤になり、視線をそらしてドレスの裾を握った。「そ、そうなの。父が一緒に壇上に立って、商品の説明を手伝えって……」
「ふむ……」俺は顎に手を添えて考えるふりをした。「まあ、美しい女性が壇上に立っていれば、財布の紐も緩むだろうな。君の父上は商才に長けている」
「そ、そう……ね。仕方ないわね……」恥ずかしさを隠すように咳払いをして、彼女は手を叩いた。「あなたをVIPラウンジに案内するよう、父から言われてるの」
「わかった。案内してくれ」俺は手を差し出し、先に進むよう促した。
フェイは小さな扉を開けて中へ入り、俺も後に続く。廊下に出て、彼女に導かれるまま階段を三階まで上がった。
三階の廊下は、まさに高級そのものだった。紫の絨毯、漆塗りの扉で区切られたVIPルーム、壁には風景画や肖像画などの芸術作品が並んでいた。
フェイはある一室の前で立ち止まり、扉を開けながら微笑んだ。「ここが、あなたのための部屋よ」
「一緒にいないのか?」
彼女は申し訳なさそうに微笑んで首を振った。「今日は、あなたの錬金薬の説明もあるから、父と一緒に壇上に立つことになってるの」
「そうだったな。君がここにいたら、手伝いもできないしな」 少し寂しさを感じたが、表には出さずに笑みを返した。「ここで大人しく待ってるよ。頑張ってな」
「うん……お互いにね」
その言葉の真意はわからなかったが、俺の薬が高値で売れることと、彼女が壇上で失態を晒さないこと、両方を祈ってのことだろう。最初から少し震えていたし、緊張しているのは明らかだった。
VIPルームは想像よりも小さなバルコニーで、幅はせいぜい1メートル、奥行きもわずかだった。椅子は前列に二つ、その後ろにやや高い位置で二つ並んでいる。俺は右前の椅子に座り、舞台を見下ろした。
見事な眺めだった。下には文字通り人の海が広がっていた。髪の色も服装も様々で、照明の薄暗さがそれらを一つの塊のように映している。声のざわめきがここまで届くが、内容までは聞き取れなかった。
左右には他のバルコニーも見えたが、カーテンで仕切られていて中の様子は見えない。これはおそらく、貴族や招待客のプライバシーを守るための配慮なのだろう。とはいえ、オークションが始まれば、誰がどの部屋にいるのかは何となく分かるかもしれない。
そんなことを考えていたそのとき、大きなステージを覆っていた幕が開き、一人の中年男性と若い女性が姿を現した。 ステリスとフェイ・ヴァルスタインだった。
ステリスは黒のローブを身にまとい、堂々とした立ち振る舞いをしていた。一方のフェイは、緊張で体をこわばらせ、ぎこちなく立っていた。
「ようこそ、オークション会場へ!」 ステリスの声がホール全体に響き渡り、観客のざわめきがピタリと止んだ。
「長らく休止していたオークションだが、本日は皆様の度肝を抜くような品々をご用意しております。新たな発見と機会に満ちたこの場を、どうぞお楽しみください」
観客は彼の一言一句に耳を傾けていた。誰一人として声を発する者はいなかった。
俺は椅子に背を預け、手を組んで膝の上に置き、静かに開始の合図を待った。
オークションが、いよいよ始まったのだ。
今回は短めの章だったが、次のミニアークに向けての雰囲気作りとしてはいい感じになったと思う。オークション、きっと盛り上がる……かも?




