チャンス
ステリス・ヴァルスタインとの話し合いを終えた後、フェイと俺は再び門の前へと戻ってきた。俺たちを通してくれた若い門番は、まだそこに立っていた。フェイが現れると彼は一瞬視線を向けたが、すぐに逸らした。見つかったらまずいとでも思ったのだろう。それでも、ときどき彼女をちらりと見ていた。
「父のこと、ごめんなさい」フェイが言った。 「気にするな」俺は頭を振りながら、彼女に慰めの笑みを向けた。「親って、あんなもんなんじゃないか……たぶん」俺には親がいないから、本当のところは分からない。そんな思考を振り払うように頭をもう一度振り、俺は屋敷の方へ視線を戻した。「それはそうと、君はグラント・ロイヒトの第二夫人として嫁ぐ予定なんじゃなかったか?」
「だから言ったでしょ? まだ決まったわけじゃないの」フェイは腕を組んでふくれっ面をした。「ロイヒト家は父に強く圧力をかけてる。父はなんとか話を先延ばしにしてるけど、向こうも簡単には引かないみたい。長老の一人から聞いたんだけど、ロイヒト家はうちの露店を妨害するためにチンピラを雇ったらしいわ。そのせいで、露店の護衛に霊術師たちを回さなきゃいけなくなった。おかげで魔獣山脈への探索が止まってしまってるの」
「それは確かに厄介だな」俺は言った。
「厄介なんてもんじゃないわ」フェイは眉をひそめて俺を睨んだ。「ロイヒト家はあまりに強大だから、妨害されても強く出られないの。しかも、彼らが雇ってるっていう証拠もないから、文句も言えない」
俺は顎に手を当てて考え込んだ。どうやらロイヒト家は裏で妨害を続け、表では『保護』と称してフェイを第二夫人として差し出すよう求めているようだった。
「グラント・ロイヒトとは話したことあるのか? 君のクラスメイトだったよな」
「今のところはないわ」フェイは首を振った。「こっちを見てくることはあるけど、話しかけてきたことはない。多分、今はカリ姫に夢中なんだと思う。ロイヒト家がカリ姫との結婚を取りつけようとしてるって噂もあるし」
「それで君が第二夫人ってわけか」
「その通り」
俺は顎をさすりながら顔をしかめた。この状況は前世の記憶と少し違っていた。そもそも俺は前世でフェイと出会っていない。彼女は霊毒によって死んでしまったのかもしれない。だからこそ、グラントとの婚約もなかったのだろう。
俺はフェイに別れを告げ、住まいには戻らず錬金術協会へ向かった。ステリスとの会談内容をフェインレアに伝える必要があったし、属性耐性丸薬の作り方も教える予定だった。
歩きながら、俺はフェイとカリの状況について考えていた。ロイヒト家はフェイを後妻として、そしてカリを正妻としてその後継者に嫁がせようとしていた。これは政治的な動きとは思えなかった。フェイを迎えたところで得られる権力も財も限られている。オークションハウスも機能していない今、商業的な価値も低い。結局のところ、女を両脇に侍らせたいという、後継者の色欲を満たすための動きにしか見えなかった。
確かに、フェイもカリもそれぞれに美しかった。カリは物語に登場するお姫様さえ霞むような典雅で清らかな美貌を持ち、フェイは無自覚ながらも艶やかで魅惑的な雰囲気を纏っていた。どちらも男を惹きつける魅力にあふれていた。
だが、だからといって彼女たちを強引に結婚させようとするのは許せなかった。カリは俺が愛する女だ。フェイとは一ヶ月ほどの付き合いにすぎないが、彼女の芯の強さと努力には敬意と好意を抱いている。二人が望まぬ結婚を強いられることなど、絶対にあってはならない。
なぜ、どうして、俺が過去に戻ってきたのかは分からない。だが、俺はここにいる。そして今ここにいるということは、やり直すチャンスがあるということだ。
だったら──俺は、この世界を正しい形に導いてみせる。
今回の章は、他の章に比べるとかなり短めでした。あまり書くべき内容がなかったのが正直なところですが……それでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。