図書館の蛇
フェイにあの素敵な服を買ってもらってから、数日が経った。あの日以来、一度もその服は着ていない。あれしか持っていないので、きちんと洗濯しないとすぐにダメになりそうだったからだ。
最近は毎日が多忙だった。暇な時間などほとんどない。フェイとの訓練の日もあれば、フェインレアに錬金薬の作り方を教える日もあり、図書館の開閉の当番をこなす日もある。図書館の閉館を担当する日は、たいていカリと話をする時間を作っていた。
フェインレアに錬金術を教えているおかげで、錬金術師協会の素材保管庫を自由に使わせてもらえるようになった。おかげで肉体鍛錬薬と三方霊脈拡張薬を精製できた。ただし、彼らの好意に甘えるわけにもいかないので、必要分の二ヶ月分だけにしておいた。霊脈の広がり方と身体強化の進み具合から判断するに、それ以降はこの二種類の薬も効果が薄れるだろう。
薬の精製が終わったとはいえ、販売の計画は進めるつもりだ。錬金術師協会には多くの助力をもらったし、フェイの問題解決にもつながる。そして何より、錬金術の復興はネヴァリア全体の力を高めることになる。
もっとも、フェイから彼女の父親――ヴァルスティン家の家長――に会えるという知らせが来るのを待たなければならなかった。どうやら今はとても忙しいようで、フェイによれば、彼女自身もこの一ヶ月でほとんど顔を見ていないという。何か家の中で問題が起きているらしい。
今、俺は図書館にいた。いつも通り開館当番だった。
蛇も一緒に来ていた。ナディーンさんの警告をすっかり忘れているのか、まったく気にする様子もない。
「……お前、前よりデカくなってないか?」
梁からぶら下がっている蛇に声をかけると、やつはシューッと鳴いた。
「とぼけるな。俺の風呂に浸かって肉体鍛錬薬を飲み込んでるの、知ってるんだぞ。どう見ても、前より太った」
蛇は不満げに何度もシューシューと鳴いた。図書館の隅にいた利用者たちがこちらを見て、身震いしていた。蛇が怖いのか、それとも俺の方か。
「え、あの……」
突然、弱々しい声が耳に届いた。左を見ると、怯えた目をした少女が、俺と蛇を交互に見ながら立っていた。
「何かご用ですか?」
「えっと……本を探してるんですけど、見つからなくて……」
彼女は十四歳くらいだろうか。まだ幼さの残る顔立ちだった。
俺は頷き、彼女に近づいた。すると少女は一歩後ずさった。
……俺、そんなに怖いか? 蛇はともかく、俺まで避けられる筋合いはないんだが。
「タイトルが分かるか? もし分からなくても、内容を教えてくれれば記憶を辿って探してみる」
少女は頷き、急いで本のタイトルを告げた。『スコーンの息子』という歴史書だった。ネヴァリアの暗黒時代、カタストロフ後に伝説となったバーサーカー、スコーンの息子についての書籍である。
所定の場所に行ってみたが、本はなかった。少女もその場所を探したらしい。少し考えてから、似た装丁の本が別の棚に戻されていたのを思い出した。移動して確認すると、案の定それだった。
「はい、これだ」
「ありがとうございます!」
少女は深くお辞儀をし、本を抱えて走り去った。
俺は彼女を見送り、カウンターに戻った。
蛇がシューシューと笑うように鳴いた。
「笑いたければ笑えよ」俺はぼそりと呟いた。「お前のせいで、あの子が俺まで怖がったんだ」
蛇は不満げに舌をぺろりと出してから、顔をそむけた。
この蛇にはだいぶ慣れてきたが、何かがおかしいという違和感はずっとあった。
言葉が通じるだけでなく、態度が高飛車すぎるのだ。
俺の家では王様のように振る舞い、風呂の水を勝手に飲み、ついてくるときは勝手についてきて、命令は聞かない。
まるで傲慢な貴族そのものだ。
一時間ほどが過ぎた頃、ナディーンさんが交代のためにやってきた。
天井の梁にいる蛇を見ると、彼女は俺に向き直った。
「これ、あんたのペット?」
「……違います」
「ふんっ!」
彼女は鼻を鳴らし、蛇に鋭い視線を向けた。蛇も負けじと睨み返す。……いや、もしかして睨まれてビビってる?
「前にも言ったと思うけどね。この蛇をまた連れてきたら、今度こそ本当に首を落として晩ご飯にしてやるわよ」
蛇がその言葉に反応した。今にも飛びかかりそうな様子だったが、次の瞬間、ナディーンさんがその蛇を見据えた。
蛇はまるで氷漬けになったかのように固まり、その場から動かなくなった。
しばし視線を交わしたあと、蛇はするすると梁から降り、俺の背後に隠れた。
「……だから言ったろ? 言うこと聞かないとこうなるって」
蛇はもう何も言わなかった。
ナディーンさんは満足そうに微笑み、俺は震えて隠れている六メートルの蛇を見下ろした。
「……あんた、ほんとに恐ろしい女だな」
ナディーンさんはふわりと髪をかきあげて笑った。
今回は少し短めの章でしたが、楽しんでいただけたでしょうか?
あの蛇について、何か感じた方はいますかね……?




