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ラミアという存在を知る ― 過去編

カリが目を覚ましたのは、俺が目覚めてから二日後のことだった。

あれほど泣いたのは、人生で初めてだったかもしれない。

ただただ、彼女が目を覚ましてくれることを願って、必死に祈りながら待ち続けていた。そしてその願いが叶わなかった二日間は、魂に杭を打ち込まれるような苦しみだった。

無事に彼女が目を覚ましてくれたことに、心の底から安堵した。けれど、すべてが良い方向に進んだわけではない。

俺たちと共にいた最後の一人、あの少年が、脱水症状と熱射病で命を落としたことを、俺はカリに伝えなければならなかった。

その報せを聞いた彼女も、俺と同じように悔し涙を流し――その姿を見て、また俺も泣いた。

その夜、俺たちは互いを抱きしめながら、声を殺して泣き、眠りについた。

それでも、人生は続く。

生きている限り、人は足を止めることはできない。ただ、前へ進み続けるしかない。

それが、生きるということだ。

ザンは、そんな俺たちに対して、信じられないほど寛容だった。

カリが目を覚ましたことを、本当に心から喜んでくれて――

しかも、水や食料まで分けてくれた。

彼の部族だって、豊かというわけではないのに、だ。

申し訳ないとは思った。だが、今の俺たちには、それを断る余裕も誇りもなかった。

「必ず恩を返す」

そう、心の中で何度も誓った。体力が戻ったら、少しでも彼の役に立つと。

俺たちの身体はボロボロで、心も折れていた。

ようやく見つけた安住の地は破壊され、命からがら逃げ出して辿り着いたのは、死と隣り合わせの砂漠だった。

高温、空腹、渇き、不眠――

そのすべてが俺とカリの命を蝕んでいた。

歩けるようになるまで六日かかった。

ザンたちの護衛に加わろうなんて思えるようになったのは、それからだった。

そして七日目。

俺とカリは、ようやく座っているだけの自分たちに嫌気が差してきた。

「何か手伝えることはないか」

ザンにそう申し出たのだ。

「今のところ、君たちに任せられる仕事は多くはない」

ザンはそう答えた。「我々は今、西に数百キロ離れた都市を目指している。順調に行けば、あと二十四日ほどで到着するだろう」

俺とカリは、キャラバンの先頭でザンと並んで歩いていた。周囲には何人かの仲間がいたが、ほとんどの者は荷車を引く獣たちの誘導をしていた。

その獣たちは、俺の知っているどんな生き物とも違っていた。

長い脚に、ふわふわした体。

そして砂色の羽毛に覆われた、やたらと長い首。

まるで巨大な鳥だった。

「魔獣についてはどうなんだ?」

俺はそう尋ねた。「襲われる心配はないのか?」

俺とカリは、あの砂漠を逃げ延びる途中で何度も魔獣に襲われていた。

背中に巨大なヒレを持ち、まるで水の中を泳ぐかのように砂の中を進み、いきなり飛び出してくるあの魔獣たち。あいつらに仲間を何人も殺された。

まさか脅威じゃないなんてことは――信じられなかった。

「本来なら問題だが、対策はある」

そう言いながら、ザンは首にかけていた革袋を取り外し、紐を解いた。袋を逆さにすると、小さな丸い錠剤が彼の掌に転がり出てきた。

その錠剤は漆黒で、まるで周囲の光を吸い込むかのようだった。

「これは《結界丹バリア・ピル》と呼ばれている。二十メートル以内にいる魔獣に、この匂いが届くようになっているんだが……奴らはこの匂いが大嫌いでな、誰一人として近づこうとはしない。ははっ、おかしな話だが――もしこれを魔獣が食べると、媚薬として作用するらしい」

……その一文に、俺は思わず顔をしかめた。

発情した魔獣同士がどうなるかなんて、想像したくもなかった。

「ということは、砂漠ではもう脅威はないってことかしら?」

カリがそう尋ねた。

彼女は最初に目を覚ましたときより、ずっと元気そうに見えた。

顔色はまだ浅く、体も痩せているが――彼女本来の活力が、少しずつ戻ってきているのが分かる。

今は濃い色のマントを羽織って、日差しを避けている。暑そうだが、日焼けを防ぐには必要だった。

「暑さと渇き以外なら……まあ、いくつかはあるな」

ザンは少しだけ口角を上げて答えた。「ここからアラブまでの道には、いくつか厄介な連中がいる。《赤蠍レッド・スコーピオン》と名乗る盗賊団がその一つだ。あいつらはキャラバンを見つけ次第、皆殺しにして物資を奪う。血に飢えたならず者たちさ。そして……最大の脅威と言えるのが《ラミア》だろうな」

「ラミア……?」

俺とカリは顔を見合わせた。

「ラミアって、何ですか?」

俺は、二人を代表して尋ねた。

「蛇人間だよ」

ザンは肩をすくめた。「果てしなき砂漠の奥深くに住みつき、この地域に点在するオアシスを独占している。幸いにも個体数は少ない。だが、一体一体が驚異的に強く、霊術の扱いに長けていて、知能も非常に高い」

「女王メデューサと呼ばれる女が彼らの長だ。伝説的な存在でな……ここ数年は姿を現していないが、最後に現れたときは、辺境の町一つを一人で壊滅させたという噂がある」

「とんでもない相手だな……」

俺は思わずつぶやいた。

「ああ、実に厄介な存在だ」

ザンは真顔で頷いた。「願わくば、出会わずに済むことを祈ろう」

砂漠を歩きながら、俺は帽子のつばを引き下げ、照りつける日差しから目を守った。

そして、ラミアという存在を思い浮かべてみた。

ザンの話では蛇人間――

つまり、巨大な蛇の胴体に、人間のような上半身を持つ生き物だろうか。

何十メートルもある巨大な体躯。

猛毒を仕込んだ牙。

一人の人間を丸呑みにできるほどの巨大な口。

……そんな怪物を想像していた俺だったが、後に知ることになる。

――俺の想像したラミア像は、実際のラミアとは似ても似つかないものだったと。

今回は短めのエピソードでしたが、過去編の中で後々重要になってくる情報が描かれました。

少し地味な回だったかもしれませんが、今後の展開に関わる伏線の一つとして、楽しんでいただけていたら嬉しいです。


それでは、次回もお楽しみに。

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