白いドレス
その日は仕事があったため、フェイと別れたあとに自宅へは戻らず、図書館へ直行した。
正面の扉をくぐり、一階の様子を一瞥する。数名の男女が机に座って本を読んでいた。ここからでは何を読んでいるのかまでは分からないが、中には夢中で本に没頭している者もいれば、静かに会話しながら入口をちらちら見ている者もいた。俺の姿を見て、がっかりしたような表情を浮かべた者もいた。
受付カウンターにはナディーンさんが座っていた。俺が近づくと、彼女は全身を見渡すようにして目を細め、片眉を上げた。
「どちら様かしら?」
「……その冗談、面白いと思ってるのか?」俺は乾いた声で返した。「いっそ道化師にでも転職したらどうだ?」
「ごめんなさいね。でも、そんな乾いた冗談を言って、しかもそんな派手な服を着てる人なんて知らないわ。間違えて別の図書館に来たんじゃない?」
俺は目を細めた。「さっさと帰れよ。今日は俺が閉館作業するんだ」
ナディーンさんは頷き、立ち上がった。カウンターには本が一冊置かれていた。ざっと目をやると、それは料理本だった。俺が中身を確認するより早く、彼女は本をバタンと閉じ、それを持って出口へと向かう。だが、俺が椅子に座ろうとしたところで、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「似合ってるわよ」
そう言い残し、彼女は出ていった。
その言葉に鼻で笑った。ナディーンさんは中級市民、つまり普通の庶民だ。彼女は図書館で働いているが、夫は大工であり、子どもたちにも数度会ったことがある。彼らの服はしっかりしているが、今俺が着ているような、明らかに貴族向けの洒落た服装とは異なる。
……やっぱり、いつもの服に着替えてくるべきだったか?
そんなことを考えながら、来館者の要望に応じて、彼らが探している本を見つける手伝いをしていた。
歴史上の人物についての本を探している客を手伝っている最中、図書館の扉が再び開いた。そしてカリが現れた。
その日、彼女は白いドレスを身に纏っていた。
そのドレスには袖がなく、細い紐で肩にかけて着るタイプだった。丈は太ももの中ほどまでしかなく、すらりとした脚が露わになっていた。布地が薄手なこともあり、胸元がやや強調されており、それに気づいた他の男たちもいたようだった。幸いにも、彼女は濃い色のマントを羽織っていたため、過度な露出にはならずに済んでいた。
カツ、カツ、とサンダルの音を響かせながら、カリは階段のほうへ向かって歩いた。周囲を見回して何かを探している様子だった。その視線が一度は俺を素通りし、しかし次の瞬間に止まり、戻ってきた。
その驚いたような表情に、俺は笑みを浮かべた。
「驚いたか?」俺は近づきながら grin を浮かべる。「この服にショックを受けたんじゃないか?」
「ええ、驚いたわ」ようやくカリはそう答えた。「でも、いい意味でね」彼女は微笑んだ。「似合ってるわよ」
「ありがとう」俺は自分の服装に目を落とした。「自分で選んだわけじゃないんだけどな」
「ふうん?」カリは眉を上げた。
俺は曖昧な笑みを浮かべた。「実は、ある商売を始めようと思ってるんだ。カリに作っていたあの錬金薬、覚えてるか?」
「もちろん」カリの瞳が輝き、やさしく微笑んだ。「あれは本当に助かってるわ。修練の成果が全然違うの」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」俺も笑って返し、話を続けた。「あれ以外にも便利な薬をいくつか作れる。ただし、修練には使えないものばかりだけど。それで、それを売ろうと思ってるんだ。でも、俺のような身分じゃ、誰も信用してくれないし、薬も買ってくれない」
「だから、貴族の力を借りようとしてるのね」カリは結論を出し、俺は頷いた。しかし、彼女は笑わず、むしろ頬をふくらませて不機嫌そうに言った。
「どうした?」俺が尋ねると、彼女は腕を組んで睨むように言った。
「私に頼ってくれてもよかったのに」
「……ん?」俺はからかうような笑みを浮かべ、一歩近づいた。「そう言ってくれると嬉しいよ。でも、カリは薬の販売や流通に関して、裕福な商人を紹介してくれたりできるのか?」
「……それは、無理ね」彼女は渋々と認めた。
俺の笑みは柔らかくなり、さらに一歩踏み込んだ。気づけば、俺たちの距離は十数センチほどしかなかった。見下ろす形になったカリは、俺の胸元あたりまでしか背がない。
「君が手を貸してくれる気持ちは本当に嬉しいよ」俺は周囲に聞かれないよう、小さな声で語りかけた。周囲の視線や耳がこちらを意識しているのが分かったからだ。「でも、これは俺自身の力でやり遂げたい。貴族と繋がり、錬金術師協会と取引を結び、さらにその貴族を説得して取引に応じさせる――それを全部、自分の力で成し遂げたいんだ」
「どうして? 私の立場と名声があれば、相手を動かすことなんて簡単なのに」カリは素直に問いかけたが、その瞳の奥には試すような光が宿っていた。彼女は、その美貌と無邪気な笑みの裏に鋭さを隠している。
「確かに、君の力を借りれば簡単に目的を果たせるかもしれない。でも、それは君を“利用”するってことになる。君は俺にとって、そんな風に扱える存在じゃない」
俺は静かに首を振り、正直な気持ちを言葉にした。
「それに――君は自分の地位や権力で物事を解決するのが好きじゃないだろ? 君の優しさを、俺が踏みにじるような真似はしたくない」
その言葉を聞いた瞬間、カリの頬が淡く染まり、瞳には感情の光が宿った。彼女のその瞳は、他の何よりも俺を惹きつけた。朝のフェイとの会話で少し動揺した心が、今では完全に落ち着いている。それほどに、カリへの想いは揺るぎないものだった。
「……ありがとう」彼女はかすかな声でそう言った。
「どういたしまして」俺は頷き、少し間を置いてから続けた。「今はちょうど手が空いてるんだ。もし話があるなら、時間はあるよ」
「うれしいわ」
カリの笑顔が一層明るくなり、彼女は俺の手を取って階段の方へと歩き出した。俺は素直にそれに従う。俺たちが階段を上がっていく間も、多くの視線が俺たちに注がれていたが、どちらも気にすることはなかった。
今回も読んでくださってありがとうございます。
うまく言葉が出てこないのですが、正直なところ、物語以外のことを語るのはあまり得意ではありません。ただ、こうして物語を読んでくださる皆さんに、少しでも楽しんでもらえたなら、それが一番の喜びです。
また次回の更新も、どうぞよろしくお願いします。
— エリックの物語は、まだまだ続きます。