ファイへの依頼
「うちの家のオークションハウスで、その丹薬を売りたいってこと?」
太陽が天頂に差し掛かった昼下がり――
昨日の言葉にも関わらず、ファイは今日も変わらずやってきた。
落ち込んでいたはずなのに、それでも変わらず現れた。
どんな逆境や感情の波にも屈せず、目の前の課題に取り組むその姿勢には、心から感心する。
「この間、錬金術師協会へ行ってきた。そこで聞いたんだ。君の家がオークションハウスを所有していると」
俺はそう言って彼女を見やった。
「丹薬を売りたいと思っている。だが、俺には後ろ盾もなければ名声もない。そんな無名の人間が丹薬を売ろうとしても、誰も信用してはくれない。販売において最も重要なのは、“信頼”だからな」
今日の訓練はすでに終わっていた。
昨日、感情の浮き沈みで訓練どころではなかったファイだったが、今日はまったく違った。
悩みを一日で克服したのか、それともその問題自体を心の奥底に押し込んで忘れたふりをしているのか……
どちらかは分からない。
だが、確かなのは――彼女は昨日よりもずっと調子が良かった。
訓練コースも補強運動も、これまでで最速で終わらせた。
今、俺たちは巨大な岩のそばに並んで座っている。
俺の言葉を聞いたファイは、腕を組んで思案を始めた。
その拍子に、訓練用シャツの中で彼女の胸が持ち上がり、寄せられ、形を変える。
……見なかったと言いたい。
だが俺は男だ。たとえカリ一筋であろうと、女の色香を完全に無視できるほど、聖人ではない。
寄せ上げられた豊かな胸も、汗で濡れた引き締まった腹部も、気にならなかったとは言えない。
……とはいえ、気にしすぎない程度には自制したつもりだ。
俺たちは霊力の訓練を終えたばかりだった。
この話を切り出したのも、それが終わってからだ。
「うちのオークションハウスで丹薬を売ることは、確かに可能だと思うし、いい宣伝にもなるはずよ」
ファイはそう認めながらも、小さくため息を漏らした。
「でも……実は、今うちのオークションハウスもあまり調子が良くないの。あなたは知らないかもしれないけど、私たちのオークションハウスって、魔獣山脈にある古代遺跡から持ち帰った品を競売にかけて収益を得てるの。持ち主は売上の一部を得られる仕組みね」
「でも、もう探索可能な遺跡はほとんど掘り尽くされていて、残っている遺跡は危険すぎて入れない……だから価値ある品も集まらないし、うちの評判も落ちてきてるの」
ファイがオークションハウスの仕組みと現状を説明している間、俺は膝の上に乗っていた蛇の背を軽く撫でていた。
小さくシューシューと鳴くその様子は、まるで喉を鳴らしている猫のようだった。
確かに、これは問題のある状況だ。
だが、解決不可能ではないはずだ。
俺の丹薬を売る場として、そして彼女たちの再起の一歩として、何かできる手段はあるはず。
「普段はどんな品を売っていたんだ?」
「一番盛り上がってた頃は、古代の霊術が記された石板とか、遺跡から出土した武具とか……霊力の伝導を助けたり、修行の効率を高めたりする道具なんかも多かったわ」
「霊術……か」
俺は目を閉じて考える。
武具も魔核も持っていないが、霊術なら山ほど知っている。
俺の霊力の運用法は常人と異なるから、自分では使えないものも多い。
だが、書き出してオークションにかけるくらいはできる。
「もし強力な霊術を提供できたら、それと丹薬を一緒に競売にかけてもらえるか?」
ファイは驚いたように目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。
「もちろんよ。そんな霊術を知っている人がいるなら、ぜひお願いしたい。丹薬だけじゃ注目は集まらないけど、霊術と一緒なら貴族たちも関心を持ってくれるはず」
俺は頷き、肩に絡みついた蛇をそっと外して立ち上がった。
覚悟は決まった。
オークションハウスが霊術を必要としているなら、提供してやればいい。
「じゃあ、明日会えるか?」
「ええ。あなたの家に寄るわ」
「午前中がいい。午後は図書館の番だからな」
「分かったわ。明日の朝、行く」
「よろしく頼む」
そうして俺たちは訓練場を後にし、ネヴァリアの街へと戻り、それぞれの道へと分かれた。
だが、俺は家には戻らなかった。
向かった先は、錬金術師協会。
フェインレアと話をつける必要があった。
今回も少し短めの章となりましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
正直なところ、小説家になろうではどのくらいの長さが読者にとって最適なのか、私自身もよく分かっていません。
長い章のほうが良いのか、それとも短くテンポよく進めたほうが読みやすいのか……。
皆さんのご意見や感想をお待ちしております。




