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去──果てなき砂漠をさまよい、死と隣り合わせだった頃

俺たちは逃げた。魔獣の群れに追われ、行き場を失い、辿り着いたのは砂漠だった。

ネヴァリアから約百キロ離れた場所に、見渡す限りの砂が広がる巨大な砂漠がある。黄色く輝く砂丘が幾重にも重なり、灼熱の太陽が容赦なく照りつけ、地表からは熱気が立ち昇る。ここでは、気を抜けば暑さに命を奪われる。それだけでも十分に脅威だが、この不毛の地には砂の下に潜む魔獣たちもいる。

俺たちと共に逃げてきた仲間たちは、すでにほとんどが命を落としていた。男も、女も、子どもも。

カリと俺を除く六人の霊術師は、すべて命を落とした。

民間人十五人のうち、生き残っているのはたった一人の少年だけだった。

彼らの多くは脱水症状と熱中症で倒れた。だが、砂の下を泳ぐように進む長い体を持つ魔獣や、人を丸呑みにする巨大な虫のような魔獣に襲われた者もいる。

この砂の海に潜む脅威の数は、砂の粒の数に匹敵するのではないかと思うほどだ。

もし、最初からこの地がどれほど危険なのか知っていれば、あの時逃げた魔獣の群れと戦った方がまだマシだったかもしれない。

この砂漠の唯一の“救い”は、魔獣の数が少ないことくらいだ。

だが、それでも死者の大半は暑さと渇きに倒れた。

今、生き残っているのは、カリと俺、そしてその少年だけだった。

少年はすでに意識を失っていた。唇はひび割れ、肌は乾ききり、呼吸は浅い。

何度も見てきた熱中症の症状。今すぐ水と影を見つけなければ、この子は死ぬ。

だが、どこを見渡しても、水も、影も、どこにもなかった。あるのは、ただ果てしない砂ばかりだ。

「はぁ……はぁ……」

俺の呼吸は荒く、汗が額から首筋にかけて流れるも、熱気で即座に蒸発していく。

足取りは重く、弱々しい。

俺は少年を肩に担ぎながら砂丘を登った。

後ろからは、ザッザッという足音が聞こえる。カリがついてきている音だ。その足音の響きからも、彼女がどれほど疲弊しているかが伝わってきた。

丘を登りきった先には……また、砂丘。

どの方向を見ても、同じ景色ばかり。

俺は思わず小さくうめいた。

「もう……見つからない気がしてきたわね」

カリが呟いた。喉が乾ききり、かすれた声になっていた。かつて何度も聞いた、あの美しい声はもうなかった。

「ああ……」

俺も答えた。喉は焼けつくように乾き、言葉を発するたびに、喉の奥が裂けるような痛みを感じた。

「……ごめん。全部、俺の判断ミスだ。こんな場所に来たのが間違いだった」

「違うわ」

カリは首を振る。唇は割れ、肌は日差しで赤くなっていた。

それでも、彼女は俺に微笑みかけてくれた。

「状況を考えれば、あなたの判断は間違ってなかった。情報がなかっただけで、責任はあなたにはないわ」

俺は目を閉じた。

「……でも、そう思えば思うほど、逆に悔しくなる」

カリは何も言わなかった。だが、きっと彼女は分かっているのだろう。

俺がどれだけ自分を責めているかを。

俺の判断で仲間が死んだ。安全な場所を選べず、砂漠という最悪の選択肢を選び、ここまで来た。

もし、カリまで俺のせいで死ぬことがあれば──その時は、自分の命を持って償うしかない。

「……行こう。もう少しだけ進んでみよう」

「ええ」

カリは頷いた。

「……行こう。もう少しだけ進んでみよう」

「ええ」

カリは頷いた。

──時間という概念が、この果てなき砂の世界では意味をなさない。

ここには何もない。

魔獣すら生きていけるとは思えないこの過酷な環境で、なぜ生物が存在できるのか不思議に思うほどだった。

俺たちはまた一つ砂丘を登り、その頂から周囲を見渡した。

──きっとまた失望するだけだ。

そう思っていた矢先、視界の端に何か黒い点が映った。

目を細める。遠くてはっきりとは分からないが……あれは、馬車か?

「人が……いるのか?」

そう呟いた瞬間、俺の目が見開かれた。

確かに馬車だった。見慣れない形をしており、奇妙な生物が牽いていたが、間違いなくそれは人の文明の痕跡だった。

俺はすぐにカリに声をかけようとして、叫んだ。

「カリ、見てくれ! 人が……カリィッ!!」

気づかぬうちに、彼女は砂丘を転げ落ちていた。

彼女の体は砂の斜面を滑り落ち、麓で止まっていた。

胸が一気に凍りつく。

慌てて駆け寄り、彼女の首筋に手を当てた。

脈はある。だが、弱い。呼吸も浅くなってきている。

このままでは少年と同じく、命が危ない。

「くそっ……!」

俺は歯を食いしばりながら彼女をもう一方の肩に担ぎ上げた。

少年とカリ、二人の重みが俺の体を押し潰しそうになる。

力はすでに限界に近かった。それでも、諦めなかった。

砂の下は不安定で、まるで重さに耐えきれないように足元が崩れる。

だが、俺は前を向いていた。決して目を逸らさず、先ほど見た馬車の方向を見据えた。

一歩ずつ、一歩ずつ。

「もう一つだけ……あと一つだけ丘を越えれば……」

自分にそう言い聞かせ、歩みを進める。

だが、その次の瞬間、目の前が歪んだ。

視界が揺れ、足元が崩れ、俺の意識がブラックアウトする。

気づけば、顔から砂に倒れ伏していた。

そのすぐ隣に、カリの体が落ちる音が聞こえた。

彼女の目は閉じられ、呼吸が確認できない。

焦燥と恐怖で心が跳ね上がったが、同時に意識が遠のく。

「……っく……」

最後に漏れたのは、疲労と絶望の混じったため息だった。

そして、世界は闇に包まれた。



今回も過去の時間軸での物語でした。少し短めの章にはなりましたが、その分、緊張感のある展開を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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