ファイ
ファイの様子が明らかにおかしかった。
普段なら俺の修行に食らいついてくるような勢いで取り組んでいた彼女が、今朝は明らかに違った。どこかぼんやりしていて、身体の動きにもキレがない。何を言っても反応が鈍く、何度名前を呼んでも、返ってくるのは曖昧なうめき声だけだった。
ついに我慢できなくなった俺は、彼女の額に手を当てた。
「おい、大丈夫か?」
「な、なにしてるの!?」ファイは慌てて頭を引き、数歩よろけながら後ずさった。
「体温を確かめてるんだが?」俺は呆れて目を細めた。「さっきから全然集中してないし、返事すらまともにしない。もし体調が悪いなら、無理して修行に来る必要はない。むしろ、体調不良で修行するなんて最悪の選択肢だ」
ファイの頬はまるで焚き火でもくべられたように真っ赤だった。「き、気にしてるもん!」
俺は彼女をじっと見つめた。「ファイ、お前さっき障害物コースで根っこにつまずいて、顔から地面に突っ込んだんだぞ。その後、立ち上がろうともしないから、俺が担いでここまで連れてきたんだ」
「そ、そんなことあったの?」
ファイは驚いたように手で頬を触れ、汚れてないか確かめていた。俺はため息をついた。
「顔はもう拭いておいた」
「……」
「その事実に気づいてないって時点で、今のお前の状態がどれだけ酷いかわかるだろ」
ファイは耳まで赤くなりながら視線を逸らした。「大丈夫。ただ、ちょっと悩みがあって……」
「何の悩みだ?」
「……個人的なこと」
俺は鼻梁をつまみながら悩んだ。
このままでは修行にならないし、彼女の進歩も鈍る。そうなれば、俺の修行にまで影響が出てしまう。早いうちに解決するべきだった。
だが、個人的な問題に深入りするのは違う。俺だって、自分の事情に土足で踏み込まれるのは嫌だ。話したところで解決するとも限らないし、俺にできるのは修行を助けることくらいだ。
「話したくないならそれでいい。ただ、今日はここまでにしよう。どう見ても集中できてないしな」
ファイは何か言い返そうとしたのか、口を半分開いたまま固まった。そして、しばらく考え込んだ末に小さく息をつき、頷いた。
「ごめんなさい……」
「気にするな」俺はファイが持ってきた三道拡霊丹の袋を手渡した。「こういう日はある。早く立て直してくれ。気持ちが整ったら、また一緒に修行しよう」
ファイは頷き、俺たちは無言のままネヴァリアの街へと戻っていった。
俺は歩きながら、自分の金の問題に思考を戻した。錬金術の材料を買うために金が必要だが、どう考えても打開策が見つからない。考えれば考えるほど、出口のない迷路を彷徨っている気分になる。
「……前にも言ったかもしれないけど、あなたの作った丹薬って、本当にすごいわね」
突然のファイの声が、俺の思考を断ち切った。
「ありがとう」反射的に返事をした。
「それ、売ったらきっと儲かるんじゃないかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は立ち止まった。
ファイはしばらくそのまま歩いていたが、俺がついてこないことに気づいて足を止め、振り返った。
「……エリック?」
「お前は天才だ」俺は彼女の元へと歩き出し、満面の笑みを浮かべながら彼女を力強く抱きしめた。
普段ならこんなことは絶対にしない。礼儀にも反するし、無遠慮すぎる。でも、あまりにも嬉しすぎて、そんなことはどうでもよくなっていた。
「ちょ、ちょっと!? な、なにしてるのよ!」
ファイは驚いて体を固くしたまま、目をぱちくりさせていた。
俺は彼女から身を離し、両肩に手を置いて、真っ直ぐに目を見つめる。
「ありがとう」
「え、えっと……ど、どういたしまして?」ファイは頬を真っ赤に染めながら目を泳がせた。「でも……何にお礼を言われたのか、よくわからないんだけど……」
ファイの一言が、エリックに新たなアイデアをもたらしました!
彼はこれをどう活かすのでしょうか? 次回をお楽しみに。