金欠危機!
俺は今、危機に直面していた。命に関わるような危機じゃない――少なくとも、まだそこまでじゃないが、それでも深刻な問題だ。
ファイは霊術師学院に通っているため、今朝は一緒に修行をしていない。
夕陽が図書館の窓から差し込み、カウンターの裏に座っている俺の顔を照らしている。その光の中、俺は今の状況を嘆いていた。
三道拡霊丹も、錬体丹も、すべて使い切った。
そして、新たな材料を買うための金が、もう残っていなかった。
この問題は、いずれ直面することになるとわかっていた。だから、どうやって金を稼ぐかは常に考えていた。最初に思いついたのは、霊術師学院にもう一つ霊術の巻物を売ることだったが、それはすぐに却下した。一度だけなら、家に偶然あった霊術を運よく見つけたという言い訳が通じる。しかし二度目は怪しまれる。
学院を信用していないわけじゃない。ただ、誰がいるかわからない場所に近づきたくなかった。それに、あそこにはグラント・ロイヒトもいる。あの三大貴族家の一つ、ロイヒト家の人間が。
いまの俺は、ロイヒト家の人間とはできるだけ関わりたくなかった。あいつらに復讐できるほど強くなるまでは。
正直、今出会ったら自分を抑えられる自信がない。殺してしまうかもしれない。
さらに最近、学院関係者らしき人間に監視されている気配もあった。敵意は感じなかったし、俺がこのボロ図書館に住んでいることがわかるとすぐに興味を失ったようだが、それでも気分はよくない。信用できない相手とは、できるだけ距離を置きたい。
地下闘技場で戦うという手段もあった。あそこでは金を賭けた戦いが行われていて、勝てば大金が手に入る。だが、あの闘技場を運営しているのは、これまた三大貴族家の一つ――クリガー家だ。
そこで連勝すれば、確実に目をつけられる。
もちろん、わざと負けて目立たないようにするという手もあるが……
俺は負けるのが嫌いだ。たとえ、わざとでも。
金を稼ぐ方法を真剣に考えていたその時、図書館の扉が開いた。
だが、俺は気にしなかった。すでに何人か客が入っていたし、それよりもこの窮地をどう乗り越えるかの方が重要だった。このままじゃ、修行効率が四分の一以下に落ちる。
「エリック……」
そのかすれた、沈んだ、でも聞き覚えのある声に、俺は顔を上げた。
カリがカウンターの前に立っていた。
その目は赤く腫れ、肩は重荷に押しつぶされるように垂れている。震える唇を見つめたあと、俺は彼女の青い瞳をまっすぐ見返した。
「来い」
そう言って立ち上がり、カウンターの外に出る。手で合図して彼女を促し、階段の方へと歩いた。
周囲の視線が集まっているのはわかっていたが、今さら気にするようなことじゃない。
「何があったんだろうな?」 「カリ王女、すごく落ち込んでるみたい……」 「まさか、あの美形に助けを求めてるのかよ!」 「くそっ、爆ぜろ美形!」
カリもまた、周囲のざわめきを完全に無視して俺の後をついてくる。
階段を上り、空いていたテーブルに腰を下ろす。
その瞬間、カリはまるで力が抜けたかのように、ぐったりと座った。 普段は誰よりも姿勢が良い彼女が、そんな様子を見せること自体、異常だった。
「……」
カリは一度口を開いたが、言葉が続かず、鼻をすするような音だけが聞こえた。そして再び、か細い声で話し始めた。
「昔、クラスで仲が良かった女の子がいたの……。一緒に遊んで、笑って、すごく仲良しだった。でも……何かがあって、彼女は私から離れていった。私はずっと、距離を埋めようとしてきたけど、全然ダメ。今でも、彼女はほとんど私と話してくれない。きっと、話してくれるのも私の立場があるからだけ……」
その言葉に、俺は心の奥が痛んだ。ただ彼女に共感したからだけじゃない。これは、今まで見たことのないカリの姿だった。新しい一面……でも、それだけに、俺はどうすればいいかわからなかった。
前世の俺は、彼女の抱えていた苦悩にまったく気づけなかった。ずっと彼女に憧れていたせいで、彼女の弱さや孤独に気づけなかった。ネヴァリアが滅んだ後は、もっと現実的な問題に直面していて、こういう感情を見せる余裕もなかった。
今、彼女が直面しているのは、たぶん前世でもあった出来事。でも、当時の俺は気づかなかった。
「……今日、何かあったんだな?」そう言って続きを促すと、カリは小さく頷いた。
「今日、その子が最近誰かと一緒に修行しているって知ったの……。その人にちょっと嫉妬してたと思う。だから、一緒に修行に混ぜてもらえないかって聞いてみたの」
「断られたんだな」
「うん……私の立場じゃ、一緒に修行するのはよくないって……」
今まで見た中で、一番悲しそうな顔だった。
もちろん、これは命に関わるような問題じゃない。だけど、彼女の“今の”幸せに関わる大事な問題だった。
膝の上に置いた手で、柔らかな青のドレスの布をぎゅっと握るカリ。その手に、俺はしばらく迷った末、そっと自分の手を重ねた。
驚いたように目を見開き、カリは俺を見た。
「……友達のことには俺にはどうにもできないかもしれない」俺は静かに言った。「でも、お前が誰の娘だろうと関係ない。ネヴァリアの王女だろうと、俺にとっては、ただのカリだ」
カリの唇が震え、青い瞳に涙が滲む。白い頬が、ほんのり桃色に染まった。
そして、彼女はゆっくりと手を返し、俺の手を握り返した。
「……ありがとう」
「いつでも来い。話したいことがあるなら、俺が聞く」
カリの笑顔が、ほんの少しだけ明るくなった。
その後、しばらく二人で話し込んだ。
さっきまでの重たい空気は消え、話題も自然と軽くなっていった。
ちなみに、カリがまだ俺の手を握っていることに気づくのは、何時間も後のことになる。
今回も短めの章でしたが、楽しんでいただけたでしょうか?
個人的には、短い章のほうが翻訳しやすくて助かっています。もし問題なければ、これからもこういう形で続けさせてもらえたら嬉しいです。




