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ヘレン・ブリュンヒルド

「スピリチュアリスト・グランドトーナメント第二回戦を開始します!」

観客の熱狂的な歓声の中、レイナーの声が響き渡った。

俺は闘技場の片側に立ち、歓声を背に受けながら、向かい側にいる対戦相手を見据えた。

ヘレン・ブリュンヒルド――ネヴァリアのスピリチュアリスト部隊長を務める女。

その外見はどこか男勝りで、身体を包むのは鉄製の重厚なフルアーマー。下級兵たちが着る革鎧とは一線を画すものだった。

手には既にブロードソードを握っており、その構えには隙がない。

「予選であなたの戦いを見た瞬間から、ぜひ一度、自分の力を試してみたいと思っていました」

彼女はそう言った。

「ほう?」

俺は片眉を上げる。

「あなたの使う奇妙な武器と技――あんなもの、生まれてこの方見たことがありません」

そう言って不敵な笑みを浮かべた彼女は、ふと視線を上げた。

目線の先には、再びバルコニー席に座っているカリの姿があった。母と兄たちに挟まれた彼女の存在は、遠くからでもすぐにわかる。

「もっとも、あなたに興味を持ったのは、それよりずっと前のことですが。最近では、あなたと私の教え子が随分と親しいという噂も聞いています。それに、錬金術協会の再建にも尽力したとか。」

「それは事実だ。俺も多少は関わった。」

俺はあっさりと認める。

「では、カリの最近の成長にもあなたが関わっていると?」

ヘレンは穏やかな笑みを浮かべて言った。

「この二ヶ月で彼女の実力は飛躍的に伸びました。私が何年もかけて教えてきた成果を一気に超えるような成長ぶりです。なぜ今になって急に伸び始めたのか……私には理解できません。」

俺は眉をひそめた。

「才能がないんじゃなくて、やる気がなかっただけじゃないか? カリは、間違いなく才能も力もある。ただ、あの家族に翼を折られ、檻の中に閉じ込められていた。自由も冒険も得られない状況で、誰が真剣に鍛える気になる?」

俺の言葉を聞いたヘレンの笑みは、さらに深くなった。

何か思うところでもあったのか、それともただ面白がっているだけなのか――

彼女は小さく笑った。

「ふふ……そうかもしれませんね。」

そのまま、真剣な瞳をこちらに向けてきた。

「ならば、その彼女をここまで動かした男の力、ぜひ見せていただきましょう。よろしいですか?」

彼女が手首をひねると、剣が空気を切った。

その瞬間、水の膜が剣の表面に張り付き、鋭さを増していくのが見えた。

あれがスピリチュアル技術――「ウォーターブレード」か。

「なるほど、水属性か。いいだろう。」

俺は定規剣を一閃した。

風圧で地面の砂埃が舞い上がる。

「俺の力……見せてやる。」

レイナーは、俺たちの気配を感じ取ったのだろう。

わざわざ声をかけることもなく、無言のまま片手を高く掲げた。

「ヘレン・ブリュンヒルド 対 エリック・ヴァイガーの戦い――開始ッ!」

レイナーの号令と同時に、今回は俺の方から仕掛けた。

グラントとの戦いとは違う。

ドラゴンテイル・ルーラーを縦に振り下ろし、雷属性のスピリチュアルパワーを通して、刃の節を繋ぐロックを解除する。

節ごとに連なった刃は、まるで龍の尾のようにうねりながら、俺の意思通りにヘレンへと襲いかかった。

しかし――

「……っ!」

ヘレンは真正面からそれを迎え撃った。

剣を掲げて構えたかと思えば、彼女は一歩横へずれ、

その刹那、信じられない速さで俺の攻撃を剣でいなした。

見ていた者の大半は気づかなかっただろう。

だが俺にはわかった――

あれは俺の攻撃の勢いを逆手に取った、完璧なカウンター。

「上等だ……!」

俺はさらに雷をドラゴンテイル・ルーラーに流し込む。

刃の節が意志を持ったかのように宙を描き、今度は後方からヘレンを襲う――

だが彼女はそれを予見していたかのように、土壇場で横跳びした。

ルーラーの先端が地面に叩きつけられた瞬間、

その一点を中心にクモの巣のような亀裂が闘技場の床を走る。

「実に変わった武器ですね」

節を戻して刃を元の形にロックする俺に、ヘレンが声をかけてきた。

「ネヴァリアのスピリチュアリストとして長年戦ってきましたが、あんな武器は見たことがありません」

「ドラゴンテイル・ルーラーと呼んでる」

俺はそれを肩に担ぎながら言った。

「刃は節ごとに分かれていて、スピリチュアルパワーを流さない限りロックされてる」

「それに雷属性の力を使って、鎖のように各節を繋げて操っている……というわけですか」

ヘレンは頷いた。

「あなたの制御力は見事ですね。ただ一つだけ気になるのは、なぜダンスのような導引動作なしに、そこまで精密にスピリチュアルパワーを操れるのか、という点です」

俺は肩をすくめて言った。

「昔から、ちょっと特別なんだよ」

「……なるほど」

ヘレンは目を細め、剣を左右にゆっくりと揺らした。

刃に纏わりついた水が波のようにうねる。

「それなら、その“特別”とやらをじっくり見せてもらいましょうか」

「ご自由にどうぞ」

俺は微笑んだ。

次の瞬間、彼女は風のように駆けた。

常人には捉えきれないほどの速さだが――俺にとっては十分見える速度だった。

“フラッシュステップ”と呼ぶには、まだまだ遅い。

ルーラーを肩に担いだまま、俺は彼女の動きを注視していた。

すると、ヘレンが突然回転しながら剣を振るい、

刃から巨大な水の奔流を放ってきた。

「ッ!」

俺は“フラッシュステップ”を使った。

外から見ていた者には、俺の体が一瞬だけ消えたように見えただろう。

水の奔流は確かに俺を飲み込んだ――ように見えたが、

その瞬間、俺の身体がぼやけ、波が空振りした。

そして、俺はその後方に再出現した。

轟音が闘技場の壁に響いたが、どうやら被害はなかったらしい。

「ふむ……」

ヘレンは目を細め、今度は剣を幾度も振るう。

つま先で旋回しながら、剣を手の中で巧みに操る。

その動きに連動してスピリチュアルパワーが流れ、

次々と三日月状の水刃が放たれた。

縦斬り、横斬り、斜め斬り――

動作に合わせた軌道の違う攻撃が十六発。

攻撃パターンが多すぎて、普通の人間なら回避は不可能だろう。

だが、俺は“フラッシュステップ”を使用。

一つ目の水刃が接近した瞬間、

俺の体が再び“瞬き”のように消えた。

刃が通り過ぎたあと、俺は元の場所に戻っていた。

……それを、あと十五回繰り返した。

全ての水刃が通り過ぎたあと、

俺はちらりと後方の壁を振り返った。

そこには十六本の深い切り傷が走っていた。

――修復、大変そうだな。

「その妙な移動技……」

ヘレンが興味深そうに問いかけてきた。

「あなたと同じく、あの少女――フェイ・ヴァルスタインも使っていましたが、あれと同じ技術なのですか?」

「そうだ」

隠すつもりはない。

「しかし、あなたの方が遥かに洗練されていますね」

彼女は俺の“フラッシュステップ”を分析するように観察し、さらに続けた。

「経験の差は明らかですし、彼女と違って、あなたは一切の予備動作なしでそれを発動している」

「それも正解だな」

「差し支えなければ、誰に教わった技なのか伺っても?」

「誰にも教わっていない」

俺は首を振って答えた。

「“フラッシュステップ”は俺が自ら編み出したスピリチュアルテクニックだ」

そして、少しだけ微笑む。

「――少しだけ、手を借りたけどな」

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