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トルグニ・ロイヒト

俺はもう、闘技場の戦いにほとんど興味を失っていた。

《スピリチュアル・パーセプション》を使えば、バルディ・トーデンとシグリッド・ブレイデンの実力なんてすでに見切れている。

たとえ技術に優れていたとしても、相手をねじ伏せられるほどの力を持つ者に対しては、それだけじゃ通用しない。

技術や繊細な動きが重要になる場面もある。

だが、それがまったく意味をなさない場面もある。

今はまさに、その後者だった。

「エリック、あたしがあの二人と戦ったら、どれくらいやれると思う?」

不意にフェイが話しかけてきた。どうやら俺が興味を失っていた戦いも、彼女にとってはまだまだ見応えがあるらしい。

少しだけ意識を戦いへと戻す。

今ちょうど、バルディとシグリッドがスピリチュアルオーラを展開したところだった。

どちらも火属性のようで、この国ネヴァリアではどうやら火の適性が一番多いらしい。

バルディは大斧を頭上で回し、火炎の旋風を作り出す。

そのまま斧を振り下ろすと、炎のサイクロンが地面をなぎ払いながらシグリッドに迫った。

だが、シグリッドは両手のダークを高速で振るい、一瞬で閃光のような斬撃をいくつも放った。

炎の中に複数の線が走ると、サイクロンは逆流するように爆発し、今度はバルディへと襲いかかる。

バルディは間一髪で何度も大きく跳躍し、爆炎を避けた。

だがシグリッドは、そこで止まらなかった。

相手を逃がす気はないようで、すかさず前に飛び出し、ダークを何度も突き出す。

刃先は真っ赤に灼熱しており、まるで武器の先端だけが燃えているようだった。

おそらくこれは、《高速摩擦》で刃先を発火させるDランクの《スピリチュアル・ファイアテクニック》だな。

「どちらも、お前のような圧倒的な力も、天賦の才も持っていない」

俺はそう断言した。

「もし戦うことになったら、どっちが相手でも――勝つのはお前だ」

フェイは呆けたような顔をしたが、すぐに目がほんの少し明るくなった。

「本当に、そう思ってるの?」

「ああ。」

俺は頷いた。

「やつらが持っていて、お前にないものなんて武器ぐらいだ。」

彼女の方へ顔を向け、少し眉をひそめる。

「そのうち武器を持つことも考えるべきかもしれないな。お前は拳を使うタイプの戦い方みたいだし、徒手空拳用のガントレットがあれば、もっと力を発揮できるはずだ。」

「実は、武器を持とうかどうか考えてたの。」

フェイは少し照れたように言った。

「戦士ってわけじゃないけど、エリックと一緒に修行するようになってから、自分でも驚くくらい充実してるの。強くなって、武術を活かせるのが、たぶんあたしの本当の居場所なんだと思う。」

「俺も似たようなもんだ。」

視線を戦いへと戻す。

「戦うこと以外で、特別な才能があるわけじゃないからな。」

フェイは少し変な顔をして俺を見てきたが、俺はそのまま試合を見続けた。

バルディが大斧を振るったが、空を切った。

一方のシグリッドは、間断なく小さな攻撃を繰り出していた。最初は大したことがなさそうに見えたが、じわじわと蓄積されたダメージにより、バルディのスピリチュアルオーラが激しく揺らぎ始めた。

そして、最後の一突きでオーラが砕け散り、バルディの体は地面に叩きつけられた。

とはいえ、深手を負ったわけではない。ただ、立ち上がる前に、シグリッドが上から覆いかぶさり、二本のダークの刃を喉元に突きつけた。

「……降参だ。」

バルディは短く呟いた。

「この試合の勝者、シグリッド・ブレイデン!」

ライナーの宣言に、観客の歓声が上がる。

その後、第一ラウンドの最後の三試合が行われた。

シヴ・スクムリング vs. ケル・クリガー

トルグニ・ロイヒト vs. ウルフ・ウルフリック

ヴィダル・ヨルディン vs. アストリッド・クリガー

結果は、ケルがシヴに勝利し、トルグニはウルフを圧倒。

そしてアストリッドはヴィダルを破った。

この三試合のうち、俺が特に注目したのは、トルグニとアストリッドの戦いだ。

とくにトルグニの戦いは、凄まじかった。

あの巨大な戦斧をまるで己の手足のように扱い、軽々と振り回し、相手の術式をバターのように斬り裂いていく。

ウルフは序盤から完全に押されていて、まったく太刀打ちできていなかった。

だが、俺が一番驚かされたのは、トルグニが持っていた《拘束系の術式》だった。

トルグニが使ったのは、炎でできた何本もの大蛇を生み出す術だった。

その蛇たちは相手の体に巻きつき、身動きを封じる。

ウルフはまさにその犠牲になった。

火蛇が肉体に食らいついたとき、ウルフは絶叫を上げていたが、そこへトルグニの斧が唸りを上げて振り下ろされた。

スピリチュアルオーラは粉々に砕け、骨も何本か折れたんじゃないかと思う。

「この大会で一番危険な相手は、トルグニだな。」

ライナーが十五分の休憩を告げるのを聞きながら、フェイにそう言った。

すでに試合は二時間ほど続いていて、昼過ぎになっていた。

「どうしてそう思うの?」

フェイは少し首を傾げた。

「アストリッドのほうが厄介そうに見えたけど。」

「ああ、あいつのほうが才能も技術も上だ。だが、アストリッドは加減を知っている。」

俺は少し表情を引き締める。

「さっきのトルグニの攻撃は、ほぼ致命的だった。ウルフがスピリチュアルオーラを発動してなかったら……間違いなく死んでた。」

「じゃあ、一番危ないのはトルグニ。でも、次はアストリッドと戦うんだよね?」

フェイは眉間にしわを寄せ、じっと考え込んだ様子で続ける。

「どっちが勝つと思う?」

「それは……分からないな。」

肩をすくめる。

「才能も経験も互角だが、ややアストリッドに分がある。けど、戦いってのは何が起きるか分からないからな。」

「とりあえず、俺はトイレに行ってくる。お前も、行けるなら行っとけ。」

「私は大丈夫……」

フェイは頬を赤らめながらそう言った。

公共のトイレを使うのが恥ずかしいのかもしれない。

「そうか。じゃあ、すぐ戻る。」

トイレは一階にあり、運よく下水道がコロッセオの地下に設置されているようだった。

この施設を設計した建築士は、どうやら観客の娯楽を糞尿の臭いで台無しにしたくなかったらしい。

男子トイレで用を済ませて外に出た瞬間、ちょうどカリが女子トイレから出てきた。

偶然のタイミングに、お互い驚いて目が合う。

カリの頬がうっすらと染まり、でもすぐに柔らかく微笑んだ。

「グラントを倒したのね。おめでとう。」

「ありがとう。」俺は頷いた。

「だが、あいつは所詮、前座に過ぎない。今回の戦いが重要だったのは、俺と奴の間で交わした約束――お前とフェイを無理やり婚約させるのをやめる、というそれだけのためだ。本当の目的は、優勝することだ。」

カリは視線を石畳の床へ落とし、サンダルを履いた足でくるくると円を描いた。

「あなたって……いつも私のために頑張ってくれるのね。」

「当然だ。」

俺は自然に頷く。

「好きな人のために努力するのは、当たり前だろう?」

その言葉にカリは目を見開き、でもすぐに表情が和らいで、ゆっくりと頷いた。

「……そうね、私も、そうすると思う。」

頬を真っ赤にして、目をそらしながら続けた。

「……あの、大会が終わったら……もしよかったら、会いたいなって……思ってるんだけど。……いい?」

恥じらうカリは、反則級に可愛かった。

その姿を見るだけで、胸がドクンと鳴った。

……なぜか、俺まで少しだけ恥ずかしくなってしまう。

「もちろん。俺はいつでも構わない。」

「よかった……!」

彼女はパッと顔を輝かせて、太陽みたいな笑顔を見せた。

「じゃあ、大会が終わったらね!」

「うん。またな。」

カリが階段を上がっていくのを見送ったあと、俺は反対方向を向いた。

が、足は自然と止まっていた。

――誰かが道を塞いでいたからだ。

グラントよりも遥かに大柄な男。

それが、トルグニ・ロイフトだった。

身長も体格も、段違い。厚い胸板と肩幅は、分厚い胸当てや肩当てに覆われてもなお、隠しきれない。

腕には分節式のアーマーが嵌められ、胸当ての下には何も着ていないせいで、彫刻のような腹筋が露わになっている。

黒いズボンにベルトを締め、脛当て付きの茶色いブーツを履いていた。

「……何か用か?」

俺は落ち着いた目で問いかけた。

「……どうして、お前はまだ生きている?」

「……は?」

眉をひそめると、トルグニは首を横に振った。

「いや、なんでもない。」

そう言って、俺の横を通り過ぎながら呟いた。

「だが、生き延びたところで無意味だ。お前は俺から逃げられない。俺はグラントより、遥かに強い。」

そのまま男子トイレへ入っていくトルグニの背中を、俺は黙って見送った。

眉間にしわが寄る。

そのまま控え室へ戻ると、フェイが腕を組んで壁にもたれかかっていた。

俺を見て軽く頷く。

何気ない会話をしながらも、俺の頭の中にはあの男の言葉が残っていた。

「どうして生きているのか」――その意味を、いくら考えても分からなかった。

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