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フェイの次なる相手

今回のフェイの対戦相手は、フィン・ソケレという名の男性だった。

彼女より頭ひとつ分ほど背が高く、肩幅も広い。そして、手にしているのは細長い剣。一般的なブロードソードとは違い、軽やかさと鋭さを兼ね備えた剣のように見えた。

着ているのはネヴァリア霊術師団特有の革製防具――つまり、彼も同じ組織の人間ということだろう。

澄んだ青い瞳に、金色の髪、そして整いすぎた顔立ち。あまりに完璧なその見た目のせいで、何も知らない者なら「王子様」と見間違えるかもしれない。

フェイは無言で彼を睨むように見つめていたが――フィンは何やら彼女の背後、そして上方に視線を向けた。

その視線にフェイの眉がわずかにひそめられる。

彼女の背後にあるのは――貴賓席だけだ。

(……まさか、あの人を見てる?)

貴賓席には、ネヴァリア帝国の女帝、ヒルダが鎮座している。

彼女はその圧倒的な強さと統率力で知られ、多くの霊術師が憧れる存在だ。

フィンもその一人なのだろうか。

「両者、準備はいいか?」

レイナーの問いかけに、フェイは即座に答える。

「問題ないわ」

そう言って、彼女は片足を引き、構えの姿勢を取る。

全身に力がみなぎる。

闘志と自信、そして――その奥にある、誰にも見せたくない影。

フェイ・ヴァルスタインの戦いが、今、始まる。

フィンはフェイに視線を戻すと、剣を顔の前に持ち上げ、背筋を伸ばした。

「私も準備できています」

「では、この試合を開始する!」

レイナーが空中を鋭く切るように手を振り下ろした。

「始め!」

――瞬間。

まるで予選でのフェイの戦いを参考にしていたかのように、フィンは開始と同時に攻撃を仕掛けてきた。

彼の周囲に黄色い霊力のオーラが発動し、二歩前に踏み出すと同時に、剣を突き出す。

その剣先から放たれたのは、鋭く、そして凶悪な雷の槍――まばゆい電撃の一撃だった。

「っ!」

フェイは反射的に対応した。

手を握り、円を描くように腕を回転させてから、拳を前に突き出す。

その動きに応じて、彼女の拳から火球が放たれ、雷の一撃とぶつかる――はずだった。

だが――

「なっ!?」

雷の槍は、彼女の火球をいとも簡単に引き裂き、そのままフェイに向かって飛び続けてきた。

咄嗟に彼女は横へと跳躍し、攻撃をかわす。

だが、フィンはそれすらも読んでいたかのように、一歩踏み込み、新たな雷撃を放ってきた。

「っ、間に合わないっ!」

仕方なく、フェイは《閃歩フラッシュステップ》を発動。

地面を蹴る瞬間、霊力を一点集中で足元へ叩きつける。

一瞬だけ視界が歪み――次の瞬間、彼女は先程まで立っていた場所から十メートル離れた位置に姿を現していた。

「……っ、ふぅ……」

振り返ると、フィンが彼女の元の位置を見つめており、そして――ゆっくりと彼女の方へ顔を向ける。

「なるほど。君の霊術の基本原理が、少し見えてきたよ」

フィンはまるで講義をするかのように話し出した。

「発動方法までは分からないが……その高速移動は、霊力を足元に集中させて地面に爆発的な運動エネルギーを伝え、瞬間的な移動を実現している。理屈は単純だが、非常に巧妙だ。予選で君に苦戦した者たちの気持ちが、少し分かったよ」

「観察眼が鋭いわね……」

フェイはわずかに顔をしかめた。

(《閃歩》の原理を見抜かれるなんて……まずい)

相手が原理を理解しているなら、それに対応する手段も――すでに用意しているかもしれない。

そんな彼女の内心を見透かすかのように、フィンは不敵に微笑んだ。

「残念ながら、発動の詳細までは分からないけれど……対処法なら、すでに思いついている」

フィンは足元をすり足のように滑らせながら動き始めた。

その動きは――フェイにはまったく理解できない。

まるで無意味に見える軌跡を描きながら、しかし確実に何かを“仕込んでいる”動き。

そして――

フィンが剣を大きく振り抜いた。

その瞬間、剣から放たれた雷光が嵐のように荒れ狂いながら前方へ奔った。

「――っ!」

フェイは反射的に《閃歩フラッシュステップ》を発動しようとした。

だが――

次の瞬間、背筋に冷たい衝撃が走る。

(……動けない!?)

霊力が地面に落ちない。

身体の感覚がズレているわけでもない。

でも――

《閃歩》が発動しない。

理由はわからなかった。

だが、発動できないという事実だけは、容赦なく彼女に突きつけられる。

「っ、ちょ――!」

唯一の高速移動手段を封じられたフェイは、避けるしかない。

慌てて身体をひねり、迫りくる雷の奔流を紙一重でかわす。

焦りが胸を掴む。

(なに……? どうして《閃歩》が使えないの!?)

逃れたはずの雷が背後で地面を抉り、破裂音が轟いた。

フィンの戦術――

まさか《閃歩》封じを狙って、あの奇妙な足運びを……?

フェイの喉がひくりと震える。

自尊心と、隠しきれない劣等感が入り混じる中――

彼女は必死に次の一手を探した。

***

「これは面白いわね」

カリは隣に座る母の顔を見上げた。彼女は戦いを鋭い眼差しで見つめながら呟いた。

「何が面白いのですか?」

「……あの少年、フェイの移動技を封じる方法を見つけたようね」

母は顎で戦場を指した。

「よく見てごらんなさい。あの子、何をしているのか分かる?」

カリは少し首を傾げながら、戦場で動き続けるフィンに視線を向けた。

彼は先ほどからずっと、意味不明な足運びで地面を擦るように動いている。

何気ない動作に見えたが、母が注目するからには、きっと意味があるのだろう。

(……何か、あるはず)

じっと目を凝らし、彼の動きを追う。

そして――気づいた。

「……電気を地面に流しています!」

「正解よ」

母は満足そうに微笑んだ。

「あの奇妙な“ダンス”は、地面全体に静電気を走らせているの。直接的なダメージはないけれど、あの電気がフェイの足元からの霊力操作を妨げているのよ。あの子の最大の切り札を、見事に封じたというわけ」

「そんな……!」

カリは不安そうに胸元で両手を組んだ。

唇を噛みしめながら、友人の姿をじっと見つめる。

(フェイ……どうか、あの人に負けないで)

祈るような気持ちで、彼女は戦いの行方を見守り続けた。

***

フェイは自分が追い詰められていると感じていた。

フラッシュステップが使えない上に、この男は接近すら許してくれない。少しでも距離を詰めようとすれば、容赦なく雷撃を放ってくる。今では、彼の攻撃を避けるだけで、闘技場を右へ左へと駆け回る羽目になっていた。

――くそっ、エリックのやつ、フラッシュステップ以外の技も教えてくれていれば…。

そんな愚痴が喉元まで出かけたが、すぐに彼の言葉を思い出して飲み込んだ。

『千の技を中途半端に覚えるより、ひとつの技を極めた方が強い。』

それは、確かにその通りだとフェイは思っていた。

……思っていたけれど、今この状況はさすがに分が悪い。

フィンは間髪入れず雷撃を連発してきた。考える隙も与えてくれない。でも、彼女はただ逃げていただけではなかった。しっかり観察もしていた。

彼のスピリチュアル・ライトニングは剣を突き出す単純な動作から放たれている。そして、それ以外の技を一切使ってこない。つまり、あれが彼の唯一の攻撃手段ということだ。

ならば、近づいてしまえば勝てる――!

だが、肝心のフラッシュステップが封じられている。あの意味不明な足の動きで地面に何かを仕込んでいるに違いない。スピリチュアルテクニックというよりは、雷のエネルギーを地面に流しているだけのようだ。

避けながら、フェイは闘技場の様子をざっと見渡した。

だが、目に入るのは壁ばかり。使えそうなものは――

……いや、壁があるじゃない!

ひらめいた瞬間、フェイは進行方向を変え、真っ直ぐ壁へと向かって走った。稲妻が後ろから何本も迫ってくるが、彼女は恐れなかった。もう迷ってはいけない。

壁まであと半メートル。フェイはジャンプし、体を捻る。

両足を壁に叩きつけるようにして着地し、膝を曲げて衝撃を吸収。

その瞬間、まるで重力を無視したかのように――彼女は壁の上に立っていた。

そして、一秒が経過した瞬間――

フェイは前方へ踏み込みながらフラッシュステップを発動させた。

彼女の姿が視界から掻き消える。観客はもちろん、相手のフィンですら、彼女の姿を見失った。

だが、フィンは悟っていた。

フェイが自分を狙ってきていることを――!

フラッシュステップを何度も連続で使えるほどの余裕はない。フェイはフィンから五メートルほど離れた場所に着地した。フィンは即座に雷撃を放ってきたが、彼女は迷わず紅蓮のスピリチュアルオーラを解放。肘を身体に引き寄せ、手を地面に叩きつけるように突き出す。

それと同時に、彼女が唯一使えるスピリチュアル・ファイア技を発動――

炎の爆発が地面から弾け、フェイの身体を宙へと打ち上げた!

雷撃は外れ、彼女はフィンの頭上を飛び越え、背後の地面に着地した。

フィンは慌てて振り向き、反撃を試みた。

だが、それよりも早く、フェイは両拳をぐるりと円を描くように回し、肘を身体に引き寄せ、真っ直ぐ突き出した――!

今度の爆発では、拳が焼けるような痛みはなかった。

代わりに、凄まじい火炎の衝撃波がフィンに直撃。

彼の身体は吹き飛ばされ、地面を転がりながら遠くまで滑っていった。

爆風の余波で、フェイ自身も地面を滑ったが、前のように火傷の痛みは来なかった。

息が荒い。汗が顔を流れ落ち、膝が震える。

フェイは数度深く息を吐きながら、自分の状態を確認した。

予選の戦いは正直言って楽だった。

みんな、自分を侮っていたから。

だが、フィンは違った。

彼は最初から全力で来た。それが、逆にフェイを本気にさせた。

全力でぶつかり、全力で突破した――

その代償として、心地よい疲労感と、少しのふらつきが残っていた。

フィンは立ち上がらなかった。

スピリチュアルオーラはすでに消え、革鎧には焦げ跡が残り、下の布は焼け焦げて、腰の辺りの肌が露出していた。そこには赤く水ぶくれが浮かぶ。

剣は、彼のそばにはない。数メートル先に落ちていた。

「第一回戦・第三試合、終了ーッ! 勝者、フェイ=ヴァルスタイン選手ーっ!!」

ライナーの宣言が響き渡り、観客の歓声が場内を包んだ。


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