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漆黒の伏兵(ダークホース)

予選が終わり、コロッセオは以前にも増して観客で溢れかえっていた。

おそらく、それは──昨日行われた数々の壮絶な戦いが、口伝えで広まり、人々の心を動かしたからだろう。

最初は興味を持たなかった者も、「見に行かなくちゃ損だ」と思い直したに違いない。

──カリとしても、それは頷ける話だった。

このコロッセオの収容人数は十五万人。

観客席は全て石造りで、闘技場の床よりも五メートルほど高い位置に設置されている。

昨日の段階では、そのうち三分の二ほどしか埋まっていなかったが──

今日はもう、空席など一つも見当たらなかった。

入口付近の壁際や、階段の上にまで人が立ち見していて、

その様子を見たカリは、自然と口元を抑えた。

「……すごい人」

「どの参加者が勝つと思う?」

ゲイロルフが尋ねた。

それに対して、ミッケルが顎に手を添えて、しばらく考えるように言った。

「うーん、難しいな。予選前に聞かれてたら、カタリナ・クリーガーか、ヘレン・ブリュンヒルド、トルグニ・ロイヒトの誰かだと答えていただろうね……でも、それはエリック・ヴァイガーの戦いを見てしまう前の話だ」

「そこまでか? 確かに、あいつの試合には驚かされたけど、言うほどでもなかったと思うけどな」

ゲイロルフは頭を掻きながら、やや不満げに言った。

そんな中、アーランドがぽつりと口を開いた。

「エリック・ヴァイガーは、まさにこの大会の**漆黒の伏兵ダークホース**だよ」

それを聞いて、ミッケルは力強く頷き、

ゲイロルフは渋い顔をしながらも、反論はしなかった。

カリの兄たちは、いつものように彼女と母のすぐ後ろに座っていた。

彼らの会話に、片耳だけ傾けながら──特にゲイロルフのエリックに関する発言には、少しだけ眉をひそめた。

口を挟もうかと思ったその時──先にアーランドが返してくれたのは、ある意味で幸運だった。

「カリ、あなたはどう思うの?」

母の問いかけに、カリは小さく肩を跳ねさせた。

「えっ……?」

「この大会についてよ。誰が優勝すると思う?」

柔らかく微笑む母の顔を見ながら、

カリはほんの少しだけ考え込み、視線を闘技場の床へと移した。

そこには、三人の父の前に並ぶ十六人の戦士たちが立っていた。

その中には、エリックとファイの姿もあり、二人は並んで立っていた。

ファイは少し緊張しているようで、対照的にエリックは落ち着いた表情をしていた。

肩にルーラーを担ぎながら、隣の赤毛の少女に何か優しく語りかけている様子だった。

「エリックが勝つわ」

カリは迷いなくそう言った。

「ずいぶん自信ありそうだな」

ゲイロルフが鼻を鳴らすように言う。

「相手はネヴァリアでも有数のスピリチュアリストたちだって分かってるか? それでも勝てるって言える根拠は?」

「それは……ただ、分かるの」

静かに、でも確信を持ってカリはそう答えた。

「ふんっ、これが“女の勘”ってやつか? くだらねぇな」

ゲイロルフがあからさまに鼻を鳴らしてバカにした。

けれど、カリは何も言わず、ただ小さく首を横に振った。

──理由なんてなかった。

でも、それでも彼女には分かっていた。

エリック・ヴァイガーは、必ず勝つ。

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