ファーストコンタクト・その五
プラットフォームが一階まで降りると、まるで雷鳴のような轟音が部屋全体に鳴り響いた。
俺たちは一斉に巨大な扉へと目を向ける。
扉は重たげに震えながら、ゆっくりと、確実に開いていく。
徐々に、その奥にある部屋が露わになっていった。
まだ全貌は見えなかったが──それでも分かった。
この先にある部屋は、今いるこの広間よりも、遥かに大きい。
「行きましょう」
エリカがそう言って一歩踏み出そうとした──
「待って!」
だがその声に全員が反応して動きを止める。
「今、あなたたち四人がその場から降りたら、扉が閉じると思うの。だから、降りた瞬間に走って、中に飛び込む準備をして」
カリの忠告に、俺は頷きながらエリカの方を見ると、彼女もすぐに足を引いて俺に目を向けた。
続けてジャネットとルカを見ると、二人とも無言で頷いてくれる。
──行けるな。
「……よし、三つ数えるぞ」
全員が息を呑み、俺のカウントダウンに合わせて、同時に足場から飛び出した。
カリの言った通りだった。
俺たちが降りた瞬間、四つのプラットフォームはゆっくりと上昇を始め、同時に巨大な扉が軋むような音を立てて閉じ始めた。
カリとカレンはすでに向こう側にいたが、俺たち四人は今、閉じかけているその扉へと走らなければならない。
──だが、心配無用だった。
戦乙女たちは、フルプレートの鎧を着ているとは思えないほど俊敏だった。
俺たちは全速力で駆け抜け、扉が完全に閉まる直前に中へと滑り込んだ。
「……なんとか、間に合ったな」
息を整えながら俺が言う。
「ええ、でも……今度はどうやって戻るのか、ちょっと心配ね」
エリカは唇を引き結びながら、不安げに周囲を見回した。
「この側にも扉を開ける仕掛けがあるはずよ」
カリは肩をすくめると、あっさりとした口調で言った。
「それより、先に進みましょう」
扉の先には大階段が続いていた。
あのとき、扉が開いたときに何も見えなかった理由がようやく理解できた。
俺たちは階段を下りていった。
そして、その先にあったのは──
想像を遥かに超える巨大な空間だった。
少なく見積もっても数百メートルはある広さ。
この遺跡の他の場所と同じく、アーチ状の門や石柱が並び、古代の荘厳さを今に伝えているようだった。
俺たちはアーチ状の柱の間を抜けて歩き続け、やがてその部屋の果て──いや、厳密には果てではなく──にたどり着いた。
そこには、急峻な崖のような落差があり、その先には沸き立つ水蒸気を噴き上げる煮えたぎる湯の池が広がっていた。
湯面から立ち上る蒸気は視界を曇らせ、その深さも温度も測り知れなかったが、触れたら確実にただでは済まないことだけは分かった。
その数メートル先──
蒸気の中心に浮かぶ円形の島の上に、儀式台のような高台が見えた。
表面にはルーン文字が刻まれ、そしてその上には──
村から誘拐された人々がいた。
……が、彼らは一人ではなかった。
あの忌々しい黒いローブ姿の者たちに囲まれていたのだ。
全員が拘束され、猿ぐつわをはめられ、恐怖に満ちた目で叫び声を上げていた。
そのローブ集団の中に、一際目立つ存在がいた。
彼だけはローブを着ていなかった。
その男──いや、化け物と呼ぶに相応しい存在──は、他の者よりも頭ひとつ分背が高く、
身体の隅々まで赤錆色のくすんだ鎧に覆われていた。
皮膚の色は……緑。だが、瑞々しいエメラルドグリーンではなく、嘔吐物のような濁った緑色だった。
髪も眉もなく、分厚い眉骨と四角い顎には無数の皺と傷跡。
鼻は存在せず、代わりに広がった鼻孔だけが見える。焼き焦がされたのだろうか?
俺たち四人が呆然とその場に立ち尽くす中、その男は両手を高く掲げ、重々しい声で告げた。
「……儀式を開始しろ」
その言葉を合図に、黒装束の者たちは一斉に地に膝をつき、台座へと手を置く。
瞬間、刻まれていたルーンがまばゆく輝いた。
そして──
村人たちは突如、地面に倒れ込み、もがき苦しみ始めた。
口を塞がれているせいで断末魔の叫びはくぐもっていたが、その苦悶の様子は明らかだった。
「今すぐその儀式をやめて、村人たちを解放しなさい!」
エリカが怒りを滲ませて叫んだ。
だが、あの化け物はゆっくりとこちらに顔を向けただけだった。
血のように赤い目が闇に包まれ、表情の一切を読ませない。
鼻のないその顔が、ふんと鼻を鳴らした。
「……小娘よ。貴様がどうやってここに辿り着いたのかは知らんが、我の邪魔をするな」
その言葉に、エリカは歯を食いしばった。
が、化け物はもう彼女など意にも介していないようだった。再び片手を振り上げ、何かの合図を送る。
──そして、次の瞬間。
俺たちの周囲に、新たな黒装束の者たちが跳びかかってきた。
彼らはアーチの上に身を潜めていたようで、錆びたようなギザギザの剣を構え、殺気を放ちながら襲いかかってきた──!
「くそっ!」
エリカが叫び、背中の大剣──クレイモアを抜き放つ。
彼女がくるりと優雅に一回転すると、剣から怒涛の如き炎が噴き出した。
炎は幾人もの黒装束の敵を飲み込み、燃え上がらせる。
人型の火の玉と化した者たちは断末魔の悲鳴を上げ、何人かは熱湯の池へと逃げ落ちた。
が、その行為は逆効果だった。生きたまま茹で殺されるという、より悲惨な末路を迎えることになった。
……俺には剣がなかった。
というより、未だに自分に合う武器を見つけられていなかったのだ。
だが、それでも問題はなかった。
俺には──拳と霊力がある。
「閃光歩!」
その一歩で、俺は目の前の黒装束の男の懐に瞬時に入り込み、
雷をまとわせた拳でフード越しの顔面を殴りつけた。
**バチンッ!**という音と共に、淡い電撃が炸裂し、
その者の脳を焼き尽くした。
黒焦げの死体が崩れ落ちた頃には、俺の左脚に電撃が走っていた。
それを一気に蹴り上げると、雷の衝撃波が広がり、数人の敵を吹き飛ばす。
地面に叩きつけられた彼らは痙攣しながらのたうち回っていたが、
俺は左手を広げて指を伸ばし、指先から複数の稲妻のビームを放つ。
電撃は正確に敵へと命中し──彼らを安らかに逝かせた。
「貴様……! 貴様のような種族が、なぜここにいる!?」
儀式台の上に立つ大男が、驚愕の声を上げた。
「種族……?」
俺は眉をひそめる。どういう意味だ?
だが、あの化け物はすぐににたりと笑い、背後を見やった。
「まあいい。貴様が何者であれ、すでに目的は果たした!
──門は開く!」
門? なんの話だ……?
と思ったその瞬間──
「……っ!」
気付いた。
台座の上にいる村人たちが、急速にやつれていっている。
生きながらにして、まるで身体が干からびて腐敗していくかのように。
肌は干し肉のようにしぼみ、手足は枯れ枝のように細くなり、
頬はげっそりと凹み、目だけが飛び出しているように見えた。
やがて肌はひび割れ、崩れ落ちる。
そして、その滅びゆく肉体から──
虹色の霊力が立ち昇り、
後方にそびえ立つ巨大なアーチ状の門へと吸い込まれていった──。
「やめろおおおおっ!!」
エリカの絶叫が、村人たちの死を目の当たりにして響き渡る。
しかし──その叫びは、耳障りなほど甲高いあの化け物の高笑いによってかき消された。
「アーハハハハハハハ!! ついに! ついに私は……!
長年の実験の末、ようやく一つの門を開いたのだッ!!」
「これで我らの軍勢はこの世界へと侵攻できる……!
新たなる征服の時が、再び始まるのだぁああッ!!」
その発言に、俺たちは息を呑んだ。
──だが。
それよりも遥かに衝撃的だったのは、その直後に起こった出来事だった。
あのアーチ状の門の中心に、漆黒の液体のような膜が渦を巻き始めたのだ。
それはまるで金属を溶かしたかのような不気味な光沢を放ち、
波打ち、うねり、そして数秒ののちに安定した。
──そして、そこから「何か」が現れた。
いや──「何体」も、だ。
数えきれないほどの「何か」が、その門をくぐって現世に侵入してきた。
まるで悪夢のように。
俺の背筋に、ぞっとするような冷たい感覚が走る。
あれは……ワープゲートに似ている。
だが、違う。
根本的に何かが違っている。
それが放つ邪悪な気配が、まるでこの世界に存在してはならない異物であるかのように感じられた。
そして、エリカたち《バトリング・ヴァルキリーズ》四人とカリの表情も、
俺と同じように──いや、それ以上に深刻なものへと変わっていった。
……これまでの任務は、「救出作戦」だった。
だが今は違う。
これは──
生き残るための戦い(サバイバル)だ。




