彼を信用してもいいのか?
エリック以外の人物視点
男は玉座に腰を下ろしていた。
それは簡素な階段の上に据えられ、赤い絨毯が何段にも渡って敷かれている。
年老いた風貌の男だった。
深く刻まれた皺、短く刈られた白髪――しかし、その背筋は真っ直ぐに伸び、歳を感じさせない威圧感を放っていた。
「なぜ私がここに来たかは、お分かりいただけていると思います」
玉座の前で跪く男が口を開いた。
「トーナメントにおけるエリック・ヴァイガーの戦いをご覧になったはず。あれを見れば、彼とグラントを戦わせるなど論外――勝負になりません」
「ふむ……」
玉座の男が鼻から息を吐いた。その呼気はまるで火を吹く龍のように、煙となって立ち上る。
「確かに、エリック・ヴァイガーは驚異的な実力を持っている。フレイステインとフレイヤとの戦いを見るに、まだ本気すら出していなかった。力を隠しているな。……私とて、その深淵までは見通せぬ」
男は肘を玉座の肘掛けに置き、拳に頬を乗せた。
「だが――彼とグラントが戦うことになるとは限らんだろう?」
「逆に、戦わない保証もどこにもありません」
跪く男が即座に反論した。
「……貴様は唯一、私に言い返せる存在だな」
老いた声は、深海の底から響くような重低音だった。
「だが、言っていることには一理ある。……ならば、試合が始まる前に排除してしまうべきかもしれんな」
男はゆっくりと身を起こし、片目を細める。
「スキュッゲには、以前から彼の監視を命じていた。旧宅に侵入しようとしたシャドウ数人を、すでに撃退しているようだ。……そろそろ、もっと強力な手を送らせようか」
エリック以外の人物視点
「……スキュッゲを信用してもよろしいのでしょうか?」
下に控える男が、ほんのわずかに躊躇いを見せながら口を開いた。
「ふふ……貴様、奴の意図を疑っているのか?」
老人が喉の奥で笑う。
「無理もない。私とて、奴を信用してなどおらん。手の届く距離にいたとしても、信じるには及ばぬ男よ」
玉座に腰かけたまま、目を細める。
「だがな……今の我らは、目的が一致している。ゆえに、互いに利用し合っているのだ。奴は己の望みを叶えるため、私の言葉に耳を傾ける――そう信じている限りは、な」
「承知しました」
跪く男はそれ以上言葉を発さず、静かにその場を後にした。
老人は黙ってその背を見送る。
そして男の姿が闇の中に完全に消えると、玉座に身を預けるように寄りかかり、深く息を吐いた。
「……トルグニよ。お前が我が嫡子であったなら、どれほど良かったか。グラントより遥かに優秀だったものを」
またしばしの沈黙。
そして、ゆっくりと老人は立ち上がった。
長く重厚な衣が床を擦る音だけが、広間に響く。
階段を下りながら、彼は考える。
スキュッゲに連絡を取り、エリック・ヴァイガーの抹殺を命じる必要がある。
あの少年はあまりに得体が知れぬ存在。
さらに、カリ・アストラリアとの関係も考慮すれば――生かしておくには、あまりにも危険すぎる。




