エリック、勝利する
「第二予選ラウンドの勝者、エリック・ヴァイガー!」
レイナーの声が闘技場に響き渡った。
だが、歓声はなかった。代わりに場を支配したのは――沈黙。
皆が俺を見つめていた。あまりの光景に、声すら出せないのだろう。
観客席を見渡せば、そこにいる者全員が唖然とした表情を浮かべていた。
無理もない。俺の武器――《龍尾定規》は、この世界ではまず見かけない異形の武器だ。
その構造も、攻撃方法も、常識の範疇を逸脱していた。
どう対処すればいいのか分からず、皆が困惑している。
カリの実の父親であるヴァレンスですら、俺を見て何か解けない謎に直面したような表情を浮かべていた。
俺は軽くため息をついてから地面に突き立てていた定規を抜き、肩に担いだ。
倒した霊術師たちはすでに担架で運び出されていた。
同じく戦っていたネヴァリアの霊術師二人も、引き分けのような形で試合を終え、場外へと消えた。
――この場に残っているのは、俺だけだ。
踵を返し、出口へと歩き出そうとしたその時――
「……パチ、パチ……」
拍手の音が耳に届いた。
思わず立ち止まり、数回まばたきをして音の方向を見る。
その視線の先――アストラリア王族が座っている貴賓席。
そこには、拍手を送るカリと女帝ヒルダの姿があった。
カリの三人の兄たちは一瞬戸惑いを見せたが、次第にそのうち二人が拍手に加わった。
だが、最年少の少年だけは腕を組んだまま、険しい顔で俺を睨みつけていた。
女帝が拍手を始めたことで、観客席の人々もようやく反応を示した。
まるで津波のように、庶民、貴族、裕福な商人たちが一斉に拍手と歓声を上げ始める。
気がつけば、コロッセオ全体が熱狂の渦に包まれていた。
――こんな光景、前世では一度もなかった。
どうすればいいのか分からず、俺は戸惑いながら首の後ろをかいた。
そして、観衆の波を前に、ゆっくりと定規を頭上に掲げる。
まるで勝利を宣言するかのように。
それが正解だったらしい。歓声はさらに大きくなり、鼓膜が破れそうなほどの轟音となって押し寄せた。
気恥ずかしさを覚えながら、俺はその場を後にして廊下へと戻った。
待機室へと続く道を辿り、中に入ると――
そこにいた全員が、俺のことをまるで尻から頭が生えたかのような目で見てきた。
不快そうに眉をひそめながら彼らを見返す。
――フェイがこの視線を嫌う理由が、ようやく分かった気がした。
ダンテでさえも、妙な表情で俺を見ていた。
「エリック」
フェイが群衆の中から歩み出る。嬉しそうな笑みを浮かべながら。
「おめでとう。あっさり勝てたみたいね」
俺もつい、満足げに笑ってしまった。
「あいつらも悪くはなかったが、正直、そんなに強くはなかったな」
謙虚に振る舞いたい気持ちはあるが――本音を言えば、あの二人の霊術師は大した実力ではなかった。
霊術の《第一段階》に達してはいたが、それがネヴァリアの平均なのだろう。
だが、フェイが戦ったあの老人は、少なくとも《第二段階》に達していた。
もしあの男がもっと若く、フェイが《閃歩》を使えなければ、彼女は負けていたかもしれない。
「そう言うけど、あの二人はフレイスタインとフレイヤよ」
フェイは小さく首を振る。
「傭兵として知られていて、金さえ払えば誰にでも力を貸すって話。二人が協力して戦えば、Bランクの魔獣と互角に渡り合えるとも聞いたわ」
「マジか…」
俺は思わず眉をひそめた。
彼らがそこまで強いとは思えなかったが――最近の自分の感覚が少しズレているのは自覚している。
「さて、そろそろ次の試合が始まる時間だな。観戦しやすい場所を見つけよう」
「うん」
フェイと一緒に窓のそばまで移動しながら、俺は周囲を見渡す。
――グラントが俺を睨みつけていた。
あからさまな悪意を込めた目つきで。
彼の隣には、どこか顔立ちの似た男が立っていたが――
俺の関心は、もっぱらグラントに向いていた。
あの傭兵二人を雇ったのは、十中八九こいつだ。
証拠はない。だが、直感がそう告げている。
俺は満面の笑みを浮かべてやった。
グラントの顔が真っ赤になっていく様子に、内心でほくそ笑みながら、フェイへと意識を戻す。
彼女が定規について尋ねてきたので、俺は《龍尾定規》の仕組みを丁寧に説明し始めた。




