沈んだ思考
――エリック・ヴァイガー視点
フェイが控室の入り口に姿を現したのは、それから間もなくのことだった。
顔には軽くすすがつき、手はひび割れて血を流し、服も少し焦げている。
だが――
それでも、初めての戦いを終えた者にしては、彼女は驚くほど無事に見えた。
周囲の視線が一斉に彼女へと向けられたとき、フェイはぴたりと足を止めた。
そして、頬を赤らめながら、こちらを探すように視線を彷徨わせる。
俺と目が合った瞬間、フェイはすぐに歩み寄ってきた。
その歩き方からして、注目を浴びることに慣れていないのが明らかだった。
「おめでとう」
彼女の隣に立ったところで、俺は微笑みながらそう声をかけた。
同時に、さりげなく身体の位置をずらし、他の参加者から彼女の姿を隠すようにする。
「君なら勝てるって思ってたよ。どうだ? 今の気分は」
「うん……正直、達成感でいっぱい」
フェイは照れたように微笑んだ。
その頬に淡く赤みが差し、口元は上品に――だがどこか色気を含んだ形で綻ぶ。
その笑顔を見て、俺の中に何とも言えない感情が湧き上がるのを感じた。
正直に言おう。
俺は昔から――強い女に惹かれる性分だった。
初めてカリと出会った頃も、読書という共通の趣味がきっかけで彼女を好きになったわけじゃない。
俺の心が本当の意味で揺れ動いたのは、彼女がグラントに立ち向かったあの瞬間だ。
俺が彼女と関わっているというだけで殴りかかってきたグラントに、真正面から対峙したあの強さ――
その姿に、俺は心を奪われた。
たぶん、それと同じ理由でフェイやリンのような女性にも惹かれてしまうのだろう。
どちらも強い意志を持ち、自信に満ちたオーラを纏い、戦い慣れしているのが見てとれる。
まあ、俺のこの複雑な感情の一因には違いない。
「……楽しかったろ?」
そう問いかけると、フェイの顔は真っ赤に染まり、髪の色と見間違うほどになった。
それでも彼女はこくんと頷いた。
「ははっ、やっぱりな」
俺は笑いながら続ける。
「こういう大会じゃなきゃ味わえない感覚なんだ。お互い正々堂々とぶつかり合うからこそ、全身にアドレナリンが駆け巡る。
自分と同等、あるいはそれ以上の相手とぶつかる、その緊張感と高揚感。
そして、勝利を手にしたときのあの喜び――。他では得られないものだよ」
だが、そこまで言ったところで、自然と口元が引き締まるのを感じた。
俺の視線は、今まさに大地属性の霊術師たちが損壊した床を修復している闘技場へと向かう。
「だが――本物の戦いは、こんなものじゃない」
低く、静かに、俺は呟いた。
「もっと速くて、もっと残酷だ。命を賭けて戦う世界に、名誉も栄光も存在しない。ただ死だけがある」
気づけば、俺の意識は過去へと沈んでいた。
あの、死と隣り合わせの日々。
何度も死にかけ、何度も命を拾ってきた。
よくもまあ、七界の大魔王と二度も戦うところまで生き延びられたものだ。
「……エリック?」
フェイの柔らかな声が耳に届き、我に返った。
――いけない。沈んでいる場合じゃない。
これは、俺の“新たな人生”なんだ。
どういう理由でかは分からないが、俺は過去に戻ってきた。
ならば、今さら過去の出来事に囚われていても仕方がない。
何度だってやり直せる――それが、今の俺なんだから。




