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誰にでも“切り札”はある

霊炎術を真っ二つに断ち切ったあと、俺は腕を自然に下ろした。

無表情を装っていたが――正直、笑いを堪えるのが大変だった。

目の前で、アルバートは呆然としていた。目をしきりに瞬かせ、今起きたことを理解しようとしているようだった。

「それが、お前の全力か?」

あえて落胆したような声で問いかけた。

アルバートは眉をひそめ、しかしすぐに前に一歩出た。

剣を引き戻し、柄が胴に近づくように構えると、そのまま前方に突き出す。

剣の先端から火炎が炸裂し、矢のような速さで一直線に迫ってきた。

先ほどより熱は弱いが――そのぶん、速度は格段に上がっている。

俺は足を地面に擦らせて踏ん張り、膝をわずかに曲げた。

左手を突き出し、まるでその火炎を掴むかのような動作を取る。

同時に、右手は腹の近くに引き寄せ、拳を固めた。

拳には微細な量の霊力を流し込む。

目に見えないほど薄い水の膜が、拳の周囲を覆う。

火の矢が迫る――

俺は深く息を吸い込み――

「はぁっ!」

――全身の酸素を一気に吐き出しながら、上半身をひねり、拳を繰り出した。

右拳が火の矢を捉えると、爆発音とともに火が弾けた。

ジュゥ…という蒸気の音。

わずかに拳を覆っていた水が蒸発したようだが、ほんの一部だ。

残ったのは、かすかに漂う火の残り香だけ。

火炎は、完全に消滅していた。

「……ふむ」

拳を引き戻して確認すると、拳の表面に黒い焦げ跡が一つ。

俺の霊力の制御、まだまだ甘いという証拠だ。

この程度――修正すれば済む。

アルバートの表情が、ついに醜く歪んだ。

怒気に任せて突進してくる。

近づくと同時に、剣を振り抜く。

もし回避していなければ、俺の左腰から右肩までが斬られていたはずだ。

数歩後退しながら、次の攻撃に備える。

アルバートは足を軸に回転し、今度は逆方向からの斬撃。

剣が炎に包まれ、振るたびに火の波が飛び散る。

俺はさらに距離を取る。

彼は攻撃の手を緩めることなく追いかけてきた。

右へ、左へ、上下へと、剣を振るたびに火の筋が空を裂く。

その熱が空間を歪ませ、敵の動きを鈍らせる――

これが彼の霊術か。

名前までは分からないが、先ほどの二つと同じくCランクの術式だろう。

だが、これは間違いなく――

彼の“切り札”、奥の手だ。

霊術を会得するのは困難を極める。

真に使いこなすには、何年にもわたる修練が必要だ。

霊力の流れを正しく導くための型や動作を、何度も、何度も、繰り返し叩き込まなければならない。

ほんの一手でも間違えれば、霊力は逆流し――霊路を傷つけ、修復不能のダメージを与えることもある。

それほどまでに難易度が高いため、ほとんどの霊術師は多くても二、三個しか術を覚えられない。

それでも優秀な部類だ。

中には十個、二十個も使える才人もいるが、それは極めて稀な存在だ。

……もっとも、本当の天才は“霊術の第三段階”に至った者たちだ。

その領域に達すれば、もはや霊術など必要ない。

アルバートがすでに三つの霊術を習得しているという事実――

それは彼の実力を物語っている。

おそらく二十五歳にも満たない年齢だろうが、これほどの技術を身につけた彼を見て、彼の一族の長老たちは羨望に駆られているに違いない。

……だが、それでもなお――彼には物足りなさを感じる。

カリは二十歳にして、四つの霊術を完全に極めていた。

その差は歴然だった。

アルバートはなおも攻撃を続ける。

剣を振り抜き、足を滑らせ、ひたすら俺を斬ろうとする。

その攻撃の大半は、広い弧を描くような剣筋だった。

上から、あるいは下からの斜め斬り。

腹部を狙った水平斬り。

――いずれも、大振りすぎて見切るのは容易だった。

ただし、剣から噴き出す炎は強烈で、普通の霊術師であれば近づくだけで苦戦を強いられるだろう。

「はぁ…っ、はぁ…っ……!」

息を切らしながら、アルバートは俺を睨みつける。

目は半分閉じ、肩と胸が上下に波打っていた。

衣服は汗でぐっしょりと濡れ、もはや限界は近い。

「……もう諦めるか?」

静かに問いかけると、アルバートは苦しそうに歯を食いしばった。

「俺は……絶対に……諦めんっ!!」

「――ハァァァァアアアアア!!」

叫び声とともに、彼は再び突撃してきた。

アルバートの体から爆発的な霊力が噴き上がった。

真紅の炎が全身を包み、その熱気だけで周囲の空気が歪むほどだ。

だが、それだけでは終わらない。

もう一度、彼が雄叫びを上げた瞬間――

放たれていた霊圧が一転して彼の体内へと吸収され、彼の肌に鮮やかな赤い輝きが現れる。

まるで第二の皮膚のように、赤光が全身を覆っていく。

――なるほど。

第二段階の霊術に到達していたか。

驚きはなかった。

予想通りだ。

三たび吠えるような叫び声とともに、アルバートが駆けてくる。

その剣には、燃え盛る火が宿っていた。

俺は静かに息を吐き――

左手に霊水を集める。

今度は完全に霊力の制御を行い、水の層を固めながら頭上へと手を掲げた。

真上から振り下ろされた剣――

それを、俺の手が受け止める。

剣身が俺の掌に触れた瞬間、激しく火花が散った。

シュウウウッ……

剣にまとわりついていた炎は、音を立てて蒸発し、消えた。


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