自分で望んだことだ
「お前……俺を弄んでいるな」
アルベルトが険しい顔で睨んできた。
俺は、ただ微笑んだ。
「そう言う割には、まだ一つの霊術すら使っていないじゃないか。ヒンメル家の一員であり、霊術士学院の卒業生であるお前が、いくつかの霊術を持っていないはずがないだろう?」
笑みを消し、目を細めながら続けた。
「全部見せろ。お前の技を、俺は全て破ってやる。そうすれば、誰一人として『不正だ』とは言えなくなる」
アルベルトの目に、一瞬だけ動揺が走る。
俺の意図を理解したのだ――それが、余計にこいつを追い詰める。
霊術を使えば、それが破られたとき――ヒンメル家の面子は地に落ちる。
貴族たちの間での威信も、信頼も、大きく損なわれることになる。
「……分かった」
深いため息と共に、アルベルトは構えを取り直した。
赤いオーラが体から噴き出す――強烈な霊力の気配。
「俺の霊術を見せてやる。だが、重傷を負っても文句は言うなよ。これはお前が望んだことだ」
「心配するな」
俺は自信に満ちた笑みで応じる。
「絶対に後悔はしない」
アルベルトは足を滑らせながら、体勢を低くしていく。
前足に重心を置き、剣を顔の横に構える。
その刃は天を突くようにまっすぐ――太陽の光を浴び、鎧の銀がまばゆい輝きを放つ。
――まるで魔獣に立ち向かう英雄騎士のようだな。
……笑いが込み上げた。
二秒後、アルベルトが動いた。
二歩踏み出し、体を回転させながら斬り上げる。
右肩から左腰へと振り抜かれたその剣の軌道から、炎の波が弧を描いて飛び出した。
――火焔斬。
だが、動きはそれで終わらない。
もう一度回転し、今度は剣を突き出す。
「ハァッ!」
怒号と共に、剣の先端からさらに炎が放たれた。
――炎の矢。
それは先ほどの火焔斬に衝突し、炎の弧と融合。
その力と速度は、格段に増して俺に向かってくる。
立っているだけで熱気が肌を刺す。
額に汗が滲んだが――俺は気にも留めなかった。
正直なところ、《終わりなき砂漠》の暑さに比べれば、こんな熱なんて生ぬるい。
俺は静かに、そして余裕の笑みを浮かべたまま、左手を頭上に掲げる。
霊力を、ほんのわずか――指先から零すように放つ。
その瞬間、手のひらに沿うように、細く鋭い《水刃》が形成された。
――肉眼では見えないほどに繊細な刃。
この場にいる誰一人として、俺の“武器”に気づいてはいないだろう。
迫り来る巨大な火焔の弧を前に、俺は一歩だけ踏み出す。
そして――静かに、だが鋭く、左腕を振り下ろした。
次の瞬間、アルベルトの炎の波は――
真っ二つに切り裂かれた。
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