何を考えてたんだ、お前は
「……お、おい」
俺は家具を運んでいた二人に声をかけた。
「やっぱり、残りの家具はリビングに置いてくれないか?
その方が……多分、運びやすいと思う」
男たちは少し困惑したような顔をしたが――
俺が“依頼主”である以上、反論することはなかった。
「分かりました」
金髪で分厚い顎髭をたくわえた男がそう答えた。
「ありがとう」
二人が天井に目を向けることなく部屋を出ていくのを確認し、
俺は安堵の息を吐いた。
そして扉を閉め、くるりと振り返る。
視線を天井へ向け――そこにへばりついていたリンを睨みつけた。
「……お前、なぜこの部屋に隠れてた?」
俺は小声で、だが鋭く問い詰める。
リンは天井からするすると降りてくると、腕を組み、少し不満げに言った。
「あなたが“隠れろ”と言ったでしょう?
このお姫様、どこに隠れるべきか分からなかったの。
だから――**天井が最も適切だと思っただけですわ」
「……でも、なぜ“この部屋”の天井なんだ?」
俺がそう尋ねると、リンの頬にほんのりと紅が差した。
褐色の肌に浮かぶ淡い桃色が、思わず目を引く。
その瞬間――心臓がわずかに跳ねた。
「……」
「聞こえない。ちゃんと話せ」
俺は顔をそむけつつ、冷静を装って言った。
「……この部屋、あなたの匂いがしますの」
その言葉を聞いた瞬間、俺の動きが止まった。
数秒間、思考が真っ白になり――
次に訪れたのは、全身を包むような熱さだった。
……顔だけじゃない。体中が熱を帯びていた。
思い出す。
リンがまだ完全に人型を取れていなかった頃――
彼女はよく、俺の枕に顔をうずめ、舌を出して匂いを嗅いでいた。
ラミアの嗅覚は人間のような鼻だけでなく、舌も使うという。
舌を空気中に出して、微細な粒子を取り込むのだと、リンは言っていた。
……ということは――
こいつ、さっきまで天井で俺の匂いを嗅いでたのか?
「……はぁ」
俺は胸に手を当て、深く息を吐いた。
落ち着け。
俺は女の言葉に一々動揺するような童貞坊やじゃない。
そう言い聞かせながらも――
“あなたの匂いがするからこの部屋にいた”なんて言われたら、
さすがに心がざわつくのは仕方ないだろう。
「……まあ、いい。ならここにいてくれ」
「家具を運び終わるまでは絶対に外に出るな」
「このお姫様、あなたの部屋にて大人しく待機いたしますわ」
リンは胸を張ってうなずいた。
「それならいい……」
俺は再びため息をついた。
それが安堵のためか、諦めのためか――自分でもよく分からなかった。
「業者が帰ったら、また来る。
……それまで、絶対に音を立てるなよ」




