偉大なる主の教団
エリカが任務の内容を口にした瞬間――
俺とカリは思わず目を見開いた。
そして、互いに顔を見合わせる。
相手がどれだけ驚いているかが、その表情から伝わってきた。
すぐに、俺たちはエリカへと視線を戻した。
「その連中……黒いローブを着ていませんでしたか?」
俺が問いかけると、エリカは考えるように眉をひそめた。
「ええ、そうでした」
「それと――光属性に弱いということは?」
今度はカリが身を乗り出して質問した。
「うーん……それは、分かりませんわ」
エリカは少し困ったように眉を下げた。
「私の宗派には光属性を扱える人がいませんし……ただ、彼らが非常に強い闇属性の霊力を持っていたことは確かです」
そして、彼女の表情は急に厳しくなり――
まっすぐ俺たちを見据えた。
「あなたたち……もしかして、あの連中について何かご存じなんですか?」
彼女が戦ったのが、俺たちと同じ“あの連中”である可能性は高い。
それならば――隠す理由もない。
俺とカリは、遺跡で起きた出来事を順を追って語った。
少女たちが誘拐され、古代の遺跡に連れ去られたこと。
俺たちが彼女たちを救い出したこと。
そして、彼女たちが生贄として捧げられる予定だった場所にあった、奇妙なルーン陣の存在。
全てを語り終えた頃、エリカの表情はさらに険しくなっていた。
「やはり……」
しばらく黙っていた彼女は、ようやく口を開いた。
「お二人が戦った相手と、私が倒した連中――同じ集団に属する者たちに間違いありません」
「彼らの正体はまだ完全には掴めていませんが……
ミッドガルドおよび周辺都市では、彼らを**“偉大なる主の教団”**と呼んでいます」
「噂によると――彼らは“偉大なる主”と呼ばれる存在を信仰しているとか。
私が任務を受けた遺跡も、霧の森の中にある比較的大きな廃墟で、
彼らの根城となっていました」
「――偉大なる主、か……」
その名を聞いた瞬間、
俺の心臓に氷の矢が突き刺さったような感覚が走った。
なぜか分からない。
だが、その名には――言い知れぬ恐怖を覚えた。
「その“偉大なる主”って……何者なの?」
カリが、俺の代わりに口に出してくれた。
「――誰にも、はっきりとは分かっていませんの」
エリカはそう言って、長い黒髪を揺らしながら首を横に振った。
そして、腕を組み、心配そうな眉をひそめたその表情には、
さっきまでの明るさが完全に消えていた。
どこか、大人びた雰囲気さえ漂っていた。
「歴史書の中には、“偉大なる主”について触れているものもあります。
それによれば――彼は《大災厄》の時代よりも前に現れた、神のような存在だったとか」
「ですが……どの文献も曖昧で、彼が何者なのか、何のためにこの世界へ来たのか――
明確に記しているものはありません」
「ある書では、“世界を救おうとした者”とされ、
また別の書では、“《大災厄》を引き起こした元凶”とされているのです」
エリカが語った情報量は多かった。
だが――そのどれもが、曖昧模糊としていて確信に欠けていた。
“偉大なる主”と呼ばれる存在が、かつてこの世界にいたのは確かなのかもしれない。
けれど、それが一千年以上前に起きた《大災厄》よりも前の話である以上――
本当に実在していたかどうかすら、怪しいと言わざるを得ない。
そもそも、その時代の史書や記録が、今の世に残っている可能性も限りなく低い。
――にもかかわらず。
俺の中には、妙な“確信”があった。
この“偉大なる主”という存在は、間違いなく実在した――そんな確信が。
理由は分からない。
だがその名を聞いた時、
俺の心臓は恐怖で強く脈打ち、
得体の知れない冷気が背骨を這い上がった。
名前――いや、もしかしたらそれは肩書きなのかもしれない。
けれどそれを聞いた瞬間に感じたのは、
今まで経験したことのない、心の奥底を揺さぶる恐怖だった。
それが“何”なのかを理解するのは、
――もっと、ずっと後の話になる。




