お二人はご夫婦ですの?
「お聞きしてもよろしいかしら?
お二人はミッドガルドに何の目的で向かわれているのですか?
もしかして――宗派に入るご予定?」
馬車が再び動き出し、足元と座面がわずかに揺れ始めた。
……なるほど。これほどのクッション付きの座席が必要なのも納得だ。
最初に果てなき砂漠を出てから乗ったワゴンの、あの荒れた旅路を思い出す。
だが、今の道はそれ以上に凹凸が激しいようだった。
多くの人馬が通る幹線道ゆえか、踏み固められている分、逆に荒れているのだろう。
「正直に言えば、まだ何も決めていないんです」
俺は少し気まずそうに答えた。
「俺たちはあの砂漠を越えた後、北の平原に入って、ここに来たのは……二ヶ月も経っていない。
ミッドガルドがこの北平原最大の都市だと聞いて、とりあえず目指してるだけなんです」
「――ということは、ミッドガルドについて何もご存じない?」
エリカは驚いたように俺たちを交互に見てきた。
その視線に、俺とカリは思わず顔を赤らめてしまう。
だがすぐに、彼女はぱっと笑顔を咲かせ、手をパンと打ち鳴らした。
「ならば、旅の途中でミッドガルドのことを教えて差し上げましょう」
「教えていただけるなら助かります。ありがとうございます」
カリが丁寧に礼を言うと、
「どういたしまして」
とエリカは返し、今度はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて指を立てた。
「ただし――この情報は無料ではありませんわよ?」
「……じゃあ、代わりに何を?」
俺は警戒しながら尋ねた。
エリカは前のめりになり、興味津々の表情で俺たちを見つめる。
馬車が石を踏んで少し揺れても、まったく気にせず、彼女の視線はきらきらと輝いたままだった。
まるで恋愛話に夢中な年頃の少女のような瞳――
「お二人の関係を、ぜひ教えていただきたいのです。
――ご夫婦ですの?」
俺はカリに視線を向けた。
カリも同じようにこちらを見返してきた。
……その表情は、俺と同じく困惑に染まっていた。
確かに、俺たちの関係は――世間一般の枠に収まるようなものではなかった。
だから、答えに詰まるのも当然だろう。
だが、俺は迷いなく言葉を紡いだ。
「……カリと俺は、正式に結婚したわけじゃない」
そう前置きしながら、俺は彼女の手の上に、自分の手をそっと重ねた。
「けど――俺は、十七歳の頃からずっと、彼女を愛している」
「……っ」
「もう何年も一緒にいて、今もこうして共に旅をしてる。
そして俺は、これからもずっと――彼女と生きていくつもりだ」
その“言葉”を聞いた瞬間――
カリの頬が、見事なまでに真っ赤に染まった。
だが、彼女は逃げることなく――
俺の手を強く握り返し、そして、満面の笑みを浮かべてくれた。
霊的な絆で結ばれているわけでもなければ、
血で命をつなぐ伝統的な婚儀を済ませたわけでもない。
けれど――
俺は信じていた。
この絆は、形に囚われた“夫婦”よりもずっと強いものだと。
生と死を共に乗り越え、
支え合い、歩んできたこの絆は――何にも負けないと、そう信じていた。




