宣戦布告
最初のうちは、二人とも何も話さなかった。
ただ、ぎこちない沈黙のまま歩き続けていた。
カリは静かに、そして深く呼吸を整える。
何かを言わなければならない――
今こそ、エリックとの関係について、フェイとの間でけじめをつけるべきだと思った。
「その……エリックのことなんだけど――」
「エリックから聞いたわ」
フェイが不意に口を開いた。
「あなたが、彼の“好きな人”なんですって」
フェイの率直な言葉に、カリの頬が一気に熱くなった。
胸のあたりまでじんわりと熱を帯び、嬉しさと戸惑いの狭間で、どうにか気持ちを抑えようとする。
でも、今は浮かれている場合じゃない――大切な話があるのだから。
「う、うん……彼から、少し前に告白されて……」
もごもごと口にしながらも、何とか答える。
「それで、あなたは?」
フェイが唐突に立ち止まり、カリを見つめる。
その鮮やかな緑の瞳が、鋭くカリの心を射抜いた。
「あなたも……エリックのことが好きなの? 恋をしてるの?」
どう答えるべきか、カリは迷った。
もちろん、嘘をつくつもりはなかった。
でも、できればやわらかく、そして本来の目的――つまり、敵対ではなく理解を深めたいという気持ちを伝えられるように言葉を選びたかった。
「……ええ。好きよ」
ついに、カリは正直に答えた。
だが、フェイは驚いた様子を見せなかった。
予想していたかのように、小さくうなずく。
「ちょっと驚いたけど……でも、エリックの話にあなたの名前が出るときの彼の態度を見れば、互いに惹かれ合っていることは誰でも分かるわ」
そう言って、フェイの目が再び強く輝く。
彼女は拳を握りしめ、その手はかすかに震えていた。
「だけど……だからといって、私は諦めない」
フェイの声は揺るぎなく、まっすぐだった。
「今は、あなたが一歩リードしているかもしれない。でも、気持ちが通じ合ってるからって、必ずしも恋人になれるわけじゃない。エリックは庶民、あなたはネヴァリアの王女。そんな二人が結ばれるなんて……普通なら、あり得ないことよ」
少し間をおいて、フェイは続けた。
「私は貴族とはいえ、下級の家柄。でも、エリックほどの実力と才覚があれば、私の家に婿入りするのも不可能じゃない」
――どうしてこうなってしまったの?
カリは心の中で叫びたくなった。
本当はこんな風に争いたかったわけじゃないのに……。
彼女と敵対するために話しかけたのではなかった。
早く、会話の方向を戻さなくては――そう思った矢先、
フェイは、くるりと背を向けた。
「私はあなたには負けない」
それだけを言い残して、フェイはくるりと背を向けた。
カリは思わず手を伸ばした。
けれど、指先が触れたのは虚空だけ――少女の背中は遠ざかっていく。
口を開こうとしたが、何も言葉が出てこなかった。
彼女の足を止めて、振り向かせるような言葉が、今の自分には見つからなかった。
結局、ただ黙って――
自分が何よりも友達になりたいと願っていた相手が、遠ざかっていくのを見つめるしかできなかった。
「どうして……どうして、私たちは競い合わなければならないの……?」
目元にじんわりと熱いものが込み上げてきて、カリはそっとつぶやいた。
「二人とも……幸せになることはできないの……?」
返ってきたのは、冷たく、重たい沈黙だけだった。




