かつて、妻と私は奇怪な魔族と戦った
俺は眉をひそめながら、バルコニーの端まで身をかがめて移動した。幸い、まだ誰にも気づかれていない。隣を見ると、カリも飛び降りる準備をしていた。
少女の必死な叫びを無視するように、フードを被った人物の一人が一歩前に出た。ローブの中から取り出したのは、一振りの短剣だった。
それは、おぞましい見た目をしていた。刃はギザギザで、黒く輝く奇妙な素材で作られている。もしこの短剣を一言で表すなら、「邪悪」という言葉がぴったりだった。
奇妙なことに、この短剣は実体があるように見えたが、同時に霊的な雰囲気も漂っていた。黒い瘴気のようなものが刃から立ち上っており、まるで金属ではなく霊力で作られているかのようだった。
その人物が短剣を頭上に掲げた瞬間、少女たちの悲鳴はさらに激しさを増した。
――そのとき、俺たちは動いた。
俺がバルコニーから飛び降りたのと同時に、カリは手を円を描くように動かし、拳を突き出す。すると、光の矢が放たれ、ちょうど短剣を持っていたフードの人物の腕を直撃した。
短剣はその手からこぼれ落ち、地面に当たった瞬間、黒煙を上げて消滅した。
その人物が驚いて顔を上げた瞬間――俺の両足が、そいつの顔面を蹴り飛ばしていた。
大きな衝撃音が部屋中に響き渡った。俺のかかとが勢いよく相手に食い込み、そのまま地面から浮かせて吹き飛ばす。
空中で回転しながら俺は着地し、振り返ると、俺が突っ込んだ相手は別のフードの人物にぶつかって、二人とも床に倒れていた。
その瞬間、俺の腕に鳥肌が立つ。危険を察知した俺はすぐさま後ろに飛び退いた。
直後、闇の矢が俺が立っていた場所を貫いて飛んでくる。
体をひねりながら振り向き、掌に雷の球を生み出す。それをすかさず相手に投げつけた――が、相手のほうが一枚上手だった。
奴は何かを投げてきた。短剣だった。俺はそれを避けるために動いたが、その隙に相手はすでに扉をくぐり、姿を消していた。
追いかけようかと思ったが、今は少女たちの救出が最優先だ。
この時点でカリもバルコニーから飛び降りていた。
空中にいる間に、彼女は先ほどと同じように手を円を描くように動かし、突き出す動作で無数の光の矢を放った。
最初に俺が吹き飛ばした二人には命中し、残りの者は辛うじて回避した。
だが、光の矢に貫かれた二人の反応は、常識では測れないものだった。
「ギイィィィィイイイイィィィ!」
人間とは思えぬ叫び声が、ローブの中から響き渡った。
それは耳をつんざくような金切り声で、岩をこすり合わせたような嫌悪感を伴う音だった。
耳を塞ぎたい衝動に駆られながらも、俺は目の前の光景に集中する。
悲鳴を上げ続けるその二体は、体をくねらせ、黒煙を撒き散らしながら崩れていく。
そして、一瞬でその姿を消し、黒い塵と化した。
そこに残ったのは、ただのローブだけだった。
残る四人のフードの人物は、明らかに後ずさりした。
カリはその隙を逃さず、頭上で両手を動かして巨大な光の槍を複数召喚した。
それらは圧縮された霊力をまとって激しくきらめき、空気を焼くような音を立てていた。
どうやら、カリもこの敵が「光属性」に弱いことに気づいたらしい。
彼女は一瞬の猶予も与えず、その槍を残るフードの者たちへと投擲した――。
光の槍のうち三本がフードの人物たちを貫いた。
貫かれた三人は、先ほどのように黒い塵となって消滅する。
だが、最後の一人だけは攻撃を避けて、這うように逃げ出そうとした。
その前に俺が立ちはだかる。
全力の蹴りを放ち、相手の胸を捉えた。
「――っ!?」
俺の攻撃は確かに命中した。
相手は地面に叩きつけられた――が、その直後、衝撃の光景が目の前に広がる。
倒れたその人物が、なんと自らの影の中へと沈み込み、姿を消したのだ。
俺は言葉を失ったまま、その異様な光景を見つめるしかなかった。
そして、次の瞬間には完全に消え失せていた。
「まだ霊力の気配、感じられる?」カリが聞いてきた。
俺は眉をひそめながら集中し、霊力の痕跡を探る。
だが、最終的に首を振るしかなかった。
「何も感知できない。あいつ、本当に逃げたのかもしれない。けど……影を使って気配を隠している可能性もある。」
「警戒しておこう。」カリは即座に判断した。「まずはこの子たちを助けましょう。」
彼女の提案に頷き、俺は高台の上に縛られている少女の元へとひざまずいた。
霊力で雷の剣を形成し、拘束している鎖を切る。
少女はまだ泣きじゃくっていたが、俺が手を引いて立たせると、その涙は感謝の涙に変わった。
「ほ、本当にありがとうございます……っ。あ、あの人たちは……!」
少女が俺の胸に倒れ込み、涙を流すのを見て、俺は少しだけ反応に困った。
助けた後に泣かれるのは仕方ないとはいえ、鼻水で俺の服をべちゃべちゃにされるのはちょっと……
カリはそんな俺の様子を見て、くすっと笑っていた。
彼女もまた、光属性を使って残りの少女たちの鎖を切っていく。
俺の雷の剣とは違い、彼女は手の動きで光の剣を形成する。
手首を回し、上下に手を動かしながら純粋な光の剣を創り出す様子は、まるで儀式のようだった。
その剣は非常に精密で、鋼の鎖すら難なく断ち切っていった。
俺の腕の中で少女は泣き続け、俺のシャツは涙と鼻水でぐしょぐしょになっていた。
その状態に軽くため息をつきつつ、俺は自分たちが立っている台座に目をやった。
この台座には多数の記号――ルーン文字が刻まれていた。
霊技の巻物で見かけることのあるルーンだったが、こういった形で床に刻まれているのは初めて見る。
装飾目的で建物に用いられることはあるが、ネヴァリアでは見たことがなかった。
ヴァーンのような都市では、シャワーやコンロなどの便利な機器にルーンが使われていた。
だが、今この場にあるルーンは、何か別の……もっと邪悪で、古代の儀式を思わせる雰囲気があった。
この場の雰囲気、そしてあのフードの人物たちの所業を思い返すと、背筋に冷たいものが走る。
少女をようやく俺から引き離してから、俺はカリに声をかけた。
「なあ、カリ。これ……どう思う?」
他の少女たちが解放されているのを確認したカリは、台座に跳び上がり、床に刻まれたルーンを見つめた。
彼女の顔にも困惑の表情が浮かんでいく。
やがて、彼女は小さく首を振った。
「分からない……大半のルーンは見覚えあるけど、こういう使われ方は初めて見た。」
カリは唇を噛んだ。「明日また来て、詳しく調べましょう。今はまず、この子たちを家に帰さないと。」
「そうだな。それがいいかもな。」
俺たちは少女たちを外へ連れ出した。
外では、最初に俺たちに助けを求めてきた少女が待っていた。
七人全員が泣きながら抱き合い、再会を喜び合う姿に、俺はなんとも言えない気まずさを感じて視線を逸らした。
俺がさらに気まずく感じたのは、その後、彼女たち全員が俺とカリに感謝の言葉を伝えてきた時だった。
だが、カリはその点、俺よりずっと上手く対応していた。
翌日、俺たちは再びこの遺跡を訪れた。
だが、カリでさえもルーンの正体を突き止めることはできなかった。
それが何だったのかを知るのは――ずっと、ずっと後の話となる。