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東京ドーム通い

作者: 雉白書屋

 ――ビビーッ! ビー! ビー!


「え、あれ、おかしいなぁ、あはは、すみません、ちょっと行ってきますね……」


 朝。改札機に通行証をかざしたのだが、エラーが出てしまい、おれは後ろに並ぶ人に軽く頭を下げて列から離れた。守衛のもとに向かい、声をかける。

 

「あ、あの」


「はい? なに?」


「あ、改札機が不調みたいで通れなくて……あそこのですけど」


「え? 問題なく使えているみたいですけど」


「え、あれ、本当だ……あ、ははは……」


「はぁ……。ああ、そういえばさっき、あの辺りで暴れた馬鹿がいましてね、そのせいかなぁ」


「暴れた馬鹿……?」


「そそ、デモですよ。まったく……はーあ。ほら、見せて」


「あ、す、すみません……お手数をおかけして……」


「ああ、いえ。今のため息は、ひとりでデモをやっている馬鹿に対してですよ。ま、どうでもいいですけどね。では通行証を拝見……はいはい、どうぞここから通っていいですよ。十八時までに退去をお願いしますね」


「あ、はい……どうも」


「よっ」


「うおっ」


 改札機を通り、通行証をポケットにしまったタイミングで後ろから声をかけられ、おれは驚いた。振り返ると、そこにいたのは同僚の山本だった。奴はニヤニヤ笑いながら「なんか怒られてたなぁ。馬鹿とかさぁ」と言った。


「はぁ、おれのことじゃないよ……」


 朝からこいつの相手するのも嫌だが仕方ない。行く先が同じなのだ。駅を出て、バス乗り場に向かう間も山本はどうでもいい話を喋り続け、バスの席に腰を下ろすと、ようやく山本は黙り、かと思えばふぅーと大げさに息を吐いた。

 隣に座るおれは、その息が顔にかからないよう窓の外に目を向けた。窓ガラスに反射し、奴がうぅ、と呻きながら首を動かすのが見えた。こいつは「朝からそんなに疲れてないだろ」と、おれに言われるのを待っているのだ。そうすると途端に奴の、「そうそう、前と比べて楽でいいよなぁ。それもこれも」と、連中への賛美が始まるのが目に見えているので、おれは無視することに決めた。


「……いやぁ。前は満員電車だったなぁ」


 始まった。黙っていてもこれだ。

 

「このバスだってなぁ。座れるのが当たり前だもんなぁ。でもそうだよ、当たり前に思ってちゃ駄目だよな! この日々に感謝しないとなぁ」


 山本はじっとこっちを見て、おれの同意を待っているようだった。だからおれは仕方なく「ああ……」とだけ呟いた。


「ほんと、宇宙人様ばんざいだな! ああ、あちら様からしたらこっちが宇宙人か! はははっ! メラリック星人様万歳! まさに聖人様!」


 山本が両手を上げると他の乗客たちも両手を上げ、連中を称えた。

 おれは仕方なく片手だけ上げ、呟く。ばんざーい、ばんざーい。侵略者どもばんざーい。


 奴ら宇宙人の地球侵略は突然に始まり、あっけなく完遂された。

 ある日、東京都および各国の主要都市を透明な膜のような巨大なドームが覆った。何が起きているのかはすぐにわかった。すでに我々の言語を解読しており、翻訳装置でもあるのだろう、連中は電波ジャックを行い、パソコン、テレビなどモニター上で流暢に語った。


『都市そのものが人質である』


 創作物などで想像していた手口とは違ったが、確かに宇宙船からの爆撃やら、巨大破壊兵器を闊歩させるより、よほどスマートで文明的と言えよう。世界中が混乱に陥ったことに変わりないが。

 都市丸ごと人質に取ったといっても、連中は身代金を要求したわけではない。また、完全に閉じ込めたというわけでもなく、都市の資産価値が落ちては人質にとった効果も薄いと考えたのだろう。検問所を設置し、許可証を発行して都市全体の人数制限を設けた。これによりひとまずだが流通が滞ることはなく、都市全体が淀み、腐ることは免れたのだ。

 むろん、政府は抵抗を試みたが、連中が作り出した透明なドームを前に、いかなる軍事作戦も成果を上げることができず、政府は早々に諦めた。あるいはあの抵抗はただのポーズで、事前に政府関係者などお偉方には根回ししてあったのかもしれない。その後のスムーズな流れ、そして現状を見るとそう思うが、一介の会社員であるおれは知りようがない。とにかく、地球人類は宇宙人に屈したのだ。


 かつて問題視された東京一極集中、人口増加、産業集中、そして地方の過疎化、さらに高まる都心への移住希望者の数。それらは宇宙人がドーム内の人口を制限することにより、ひとまず解決した。連中は東京を始め、各国の主要都市の資産価値をより高めるために運用を始めたのだ。東京は今では選ばれし者が住めるニュータウン。脅されているのか媚びているのか、あるいは両方か、そういった報道がされて、大衆は少しずつ、そして今では連中のやり方を容受した。もっとも、人の心のうちまでは読めないのだが、少なくとも表立って批判する者は変人という風潮が出来上がった。

 東京にある多くのマンションやビルが解体され、住む人間も審査され、漏れた者は巣を壊された虫のように慌ただしく地方に散った。

 恨みと劣等感により、東京に住む者や働く者は宇宙人に阿附迎合しているとヒソヒソと憎まれ口も叩かれたが、まったくのお門違いというわけでもなく、先の検問所の守衛もそうなのだろう、東京人の間で特権意識のようなものが生まれ、横柄な態度で振る舞う人も少なくはなかった。

 かく言う、東京のごく普通の商社に勤めるおれも、そんな意識がないわけではない。運良くなのかそれとも連中の綿密な計算なのか、おれの会社は東京から追い出されることを免れた。一方で、大企業に勤め、かつ東京の寮で暮らしていた同年代の友人は東京を追われ、実家に引っ込んだことを耳にしたことを思い出すと、この胸にポウッと優越感が湧かなくもない。

 

「俺らのような、元々都外から満員電車に揺られて通勤する連中にとっちゃ、今のほうがいいよなぁ」


「ああ」


 おれは、つい心から同意してしまった。そう、結局騒動前と変わらず東京に住むことはできなかったが、以前の暮らしよりはいい。おれのように都外から通勤する人々は、東京から追い出された者たちを含め、結構な数がいる。しかし、その連中のために東京行き専用の電車が運行しているので毎朝必ず座れるというわけではないが車内が空いているのだ。

 そう、前と変わらないどころか前よりもいい。そう思ってしまうのは奴ら宇宙人の手腕なのだろう、さすがに当初は人々の心に動揺や株価など大きく揺れ動いたが、今、その揺らぎは一応落ち着きを見せている。騒動以前とまったく変わらない生活を送っているという者もいるらしい。東京と関わることなく一生を終える人間もいるのだ。それも不思議ではない。


『宇宙人、ハンターイ! 連中の好きにさせてはいけない! あ、あ、はなせ! おれに触るな!』


「うっわ、また馬鹿がいるよ。どこから入ってきたんだかなぁ」


 山本がずいとおれのほうへ身を寄せ、流れゆく窓の向こうの光景を目で追いながらそう言った。


「不満を抱えながら勤めてたんだろ。で、ある日それが爆発した。気持ちはわかるよ」


「ああはなりたくねーなぁ!」


 おれの語尾を掻き消すように山本が大声で言った。


「ホームレスだ、ヤクザだなんだはみーんな追い出されたし、余った土地で公園や広場を作って、それと施設も、あれはほら、彼らが作った空気清浄機みたいなやつだろ? お陰で山の中にいるみたいに、いつも空気が清々しいしなぁ。道路は綺麗だし、バスも揺れがないし最高だよな!」


 と、山本が窓から顔を離し、おれに同意を求めた。おれは黙って頷き、ぼんやりとまた窓の外を眺めた。




「あら、久しぶり。来てくれたのね」


「はい、こんばんは……」


 仕事を終えたが、今夜は少し時間があったので騒動前から通っていた小さな飲み屋に寄った。「なかなか時間が取れなくて……」と言い訳がましいので言わないでおこうと思ったが、つい口からそう溢れ、席に座る。

 この店も奇跡的に取り潰されず残っていた。と、奇跡的なんて言うと失礼だが、古くても評判はよかったのだ。宇宙人の奴らもそういうところちゃんと考慮しているのかもしれない。なんて、褒めたくはないのだが、女将さんの笑顔を見ているとつい、心が和らいでしまう。

 

「いつものにする?」


「ええ、お願いします」


 来るのはドームに覆われてからこれで二度目。一度目も随分前だが、いつものという響きがまた落ち着く。


「ここは居心地がいいなぁ……」


「ふふっ、よかった。お役に立てて」


「ん?」


「なんか思い詰めてた顔をしてたから。でもちょっとは柔らかくなったかな、ここが」


「ははは、摘ままないでよ」


「うふふ」


「……ねえ」


「うん?」


「いや……なんでもない」


「えー、なに?」


「いや、このままでいいのかなぁって」


「このままって?」


「いや、それはその」


「あたしたちの関係のこと? 店主とお客さんじゃなく、もう一歩先に……」


「な、ちが、違うよ。そ、それ、他のお客さんみんなに言ってるやつでしょ」


「うふふ、あはは! あなたにはバレちゃうかぁ。うふふ!」


「あ、ははは……」


 女将さんはやはり騒動前と変わらず朗らかで、店の照明、料理の匂い、音、全てがこちらの心を解きほぐすようで湯船に浸かっているように居心地がよかった。だから、ちょっとのつもりがついつい飲みすぎてしまった。


「ねえ、大丈夫? 時間は」

 

「ええ、はらぁい」


 戸口で心配する女将さんに手を振り、駅に向かった。人の数は疎らだ。人口が制限されているのだから当然だが、東京住まいの者とそうでない者の見分けはつきやすい。顔に表れるのだ。東京住まいの者は悠々としている。それ以外の者は許可証に設定されている時刻までに東京から出なければならない。だから険しい顔をして早足で歩いている者と、それを見下す者に自然と分かれている。

 

 おれは駅前広場のベンチに腰を下ろし、靄がかった夜空、星々を眺めた。

 連中はあのどれから来たのだろうか。訊いたところで答えてはくれないだろう。視線を地面に戻す際、向こうから治安維持係が歩いて来るのが見えた。

 おれの許可証が警告を発信したのだろう。今日の滞在許可時刻はとっくに過ぎている。

 

「ちょっとすみませんね。おたく、許可証の――」


「宇宙人はどこに行けば会えますかぁ!」


「はい?」

「ああ、結構、飲んじゃった感じですかね」


 治安維持係の二人の男が、やや腰を落とし、やれやれといった顔をした。おれが大きな声を出したので、他の人々もこちらを注目し始めた。


「あんたらは会ったことがあるかぁ?」


「はいはい、ほら、許可証を出して」

「いったん立ちましょうか」


「クソ宇宙人どもにさぁ、会ったことはあるかい?」


「……発言には気を付けた方がいいですよ」


 なんだ。特権意識に塗れた連中かと思いきや、優しい奴なのかもしれない。おれの身を案じてくれた。噂によると、いや事実だろう、許可証は薄いカード型だが、滞在許可時刻を表示する機能の他に、位置情報や会話を記録するらしい。

 だから山本のやつは、毎日毎日ああも宇宙人に媚を売っているのだ。相応しいと認められれば滞在許可時刻が伸び、そして居住審査に受かると夢見て。


「おれはこんな町、住みたくないぞー!」


 言ってやった。思いのほか心は晴れ晴れとした。おそらく周りの、特に東京住まいの連中は酸っぱいブドウとでも思い、おれを見下しているのだろう。いや、全員だ。治安維持係の二人に羽交い絞めにされ引き倒されて、車に乗せられたおれのことなんて。だが、これでいいんだ。これが、おれの役目なのだから。



「たくっ、早く許可証を見せればいいのに。どれどれ……あ、これは失礼しました。おい、拘束を解け」

「え、はい」


 平謝りする連中に、おれはいいから、いいから、と笑いかけた。仕事をしただけだ。お互いにな。

 許可証には一日の行動スケジュールまで示されている。お互いそれに従っただけだ。おれが駅前で宇宙人に対する不満を言い、そして取り押さえられるという指示にな。その行動を取ることに、どんな意味があるのかまでは記されていないが、必要なことなのだろう。

 ああはなりたくない。哀れだ、と東京にいる人々の特権意識を高めるためか、それともよく言ってくれたと憂さ晴らしになるのか、治安維持係に仕事を与えるためか、見せしめにして人々に恐怖心を植え付けるためか、あるいはおれ自身の憂さ晴らしか。まあ、わからない。

 車で駅まで送り届けられたおれは電車に乗り、ドームを出た。東京の灯りが遠ざかっていく。

 結局、宇宙人たちの目的は何なのか。緩やかな侵略とも当初は言われていたが、おれは東京を、言わばモデルタウンにしたのではないかと思う。他の異星人に自分たちの仕事ぶりをアピールしているのだと。 

 東京万歳。東京ドーム万歳。日本は広すぎた。東京さえあれば国は回る。他の国だってそうだ。大都市一つで十分やっていけるんだ。ああ、ともすればあのドームは人類の居住区なのか。宇宙人の地球侵略で生じた混乱は、波紋が広がるように東京から地方へ影響を与え、今、地方の犯罪率はじわじわと上昇しているらしい。今、窓の向こう、闇の奥からこれまで聞いたことがない鳴き声が聞こえた。

 みんなが憧れ目指す、究極の都市一極化。先細りの未来だとしても、結局おれは抗えないのだろう。

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