国連軍の軍拡
1959年の設立から暫く、国連海軍は基本的に各国から余剰となった艦艇を購入することで軍備を拡張してきた。購入できるような艦艇は基本的に旧式艦なのでその都度近代化改装を施しながら、騙し騙しで運用を続けてきたのだが、そろそろ限界が訪れてきた。
1963年2月、妙高は歴史的な決断を下した。まあ国連総会で既に認められていた権利を行使しただけではあるのだが、即ち、国連軍は初めて新規艦艇の建造を他国に依頼したのである。
具体的な内訳としては、日本に6万トン級通常動力空母1隻、ドイツに1万8千トン級重巡洋艦2隻、アメリカに駆逐艦6隻が発注された。まずは様子見ということで控えめな注文である。なお陸軍と空軍については、とっくに諸外国への発注が始まっている。
そこで些細な、しかし案外拗れる可能性が高い問題が持ち上がった。新たに建造する艦の艦名はどうするのか、である。これまでは各国の旧式艦を輸入して名前もそのまま採用していたのだが、新規建造となるとそうはいかない。果たしてどうしたものか。
「わたくし達は国を持たない軍隊。地名はもちろん、使える人名もほとんどありません。日本の空母のように造語、或いは普通名詞で済ませるという手もなくはありませんが……。なかなか難しいものです」
高雄は状況を端的に説明した。普通の国なら艦名に使えるものを、国連軍はほとんど持っていないのである。
「そう言われると……。うーん、どうしよう……。どうしたらいいと思います、瑞鶴さん?」
「えっ、私? そうね……まあ、建造された国の言葉で名前をつけたいとは思うわ。その方が船魄にとってはいいでしょ」
「その通りですね。その方向で検討しましょう」
「そうなると……日本に発注している空母には適当な造語か古典籍に由来する名前を当てることになるでしょうが、他についてはやはり、その国の固有名詞を借りるしかありませんね」
「うん。その方向で、交渉を進めよう。日本については、どう言えばいいのかって感じだけど」
「命名基準を模倣するのですから、許可は必要かと」
そういう訳で、妙高は日本・ドイツ・アメリカに対し、新規に建造する艦艇についての相談を持ちかけた。
結果として、日本は日本語(実質的には漢籍由来だが)の固有名詞を使用することを許可、ドイツは神話由来の名称を使用することを提案し、アメリカは都市名の使用を提案してきた。
「駆逐艦に地名なんて、なんか変な気がするけど……」
瑞鶴はあまり気に入らない様子だったが、高雄が説明する。
「基本的に人名を用いる訳にはいかないでしょう。わたくし達と何の関わりもない方の名前を用いては、その方に失礼に当たります。幸いにして都市の名前でしたら、名前が尽きることはないでしょう」
「あ、そう。まあやめろって言いたい訳じゃないわ。私のことは気にしないで」
という訳で、早速名前の選定が行われた。
日本に発注した空母には『瑞龍』、ドイツに発注した重巡洋艦には『ジークフリート』と『ハーゲン』、アメリカに発注した駆逐艦には『ニューヨーク』などの艦名が与えられた。艦名問題はおおよそ解決されたと言える。
○
翌1964年は歴史的な出来事が多く重なった年であった。
6月、ドイツが打ち上げたヴァルキューレ11号が人類初の月面着陸を達成し、ソ連ですらその圧倒的な開発力に追随することを諦めることになる。
10月、東京オリンピックが開催された。書類上は2度目であるが実質的にはアジア初のオリンピックである。常設国連軍の発足による世界平和を記念した式典は過去最大級のものとなった。
さて、東京オリンピック開催のほんの1ヶ月前。東京駅でとある式典が行われていた。
「鉄道庁が帝国国有鉄道に改組され、最初の大仕事です。東京駅から長崎まで、乗り換えなしで8時間! まさに夢の超特急! 新しい運行形態、その名も『のぞみ』号を本日より運行いたします! そして、のぞみ号の運行を支えるのは、今まさにこの駅舎に向かってきたあちらの電車です!」
警笛を鳴らしながら東京駅13番線に入線してきたのは、特徴的な丸い鼻を先端に持ち、印象的な青と白に彩色された、これまでの蒸気機関車とは一線を画す車両であった。
「ご覧ください! これこそ、国鉄が初めて実用化した新幹線電車、0系新幹線電車でございます!」
寸分の狂いなく停車した新幹線電車を、見物客や報道陣が狂ったように写真に収める。既に日本全国に張り巡らされている新幹線網であったが、東京長崎間は全線が電化され、この0系新幹線電車が最速達列車の運行を担うことになった。
記念すべき『のぞみ』第1号には国鉄が招待した要人や外国の鉄道会社関係者が乗り込んだが、同時に一般人用の席も販売された。これは抽選制であり、その倍率は8,000倍に達したと言う。
長崎まで行かずとも、東京・名古屋・大阪間の移動が大幅に高速化されたことは、日本経済にとって大きな追い風となった。大日本帝国の国力は益々伸長し、70年代に突入するのを待たずしてドイツを追い抜くことに成功する。




