アドルフ・ヒトラーの死
キージンガー大統領にとって最初の大仕事は、ヨーロッパで最も重要な人物の葬儀であった。言わずもがな、アドルフ・ヒトラー総統である。1962年10月12日、ヒトラーは総統別荘にて穏やかに息を引き取った。73歳であった。
ドイツは国家の総力を挙げて総統の国葬を用意した。ヒトラーの健康状態が悪化していることは特に隠されていた訳でもなく、いつでも直ちに葬儀を行えるよう、準備が進められていたのである。
2日後には、総統の遺体はベルリン郊外の総統別荘からベルリン中心部の国会議事堂グローセ・ハレまで、数両の戦車を含む1個旅団規模の兵士に守られながら運ばれた。遺骸はベルリンの南北縦貫メインストリートを完全に封鎖してゆっくりと運ばれたが、道路の脇には総統との別れを惜しむ無数の市民が押し寄せた。その総数はヨーロッパ各国からの参列者も合わせ、合計で180万人に及んだという。
ベルリン全体が巨大な葬祭場のようであった。街路に並んだ軍楽隊がナチ党の党歌『旗を高く掲げよ』(『ホルスト・ヴェッセルの歌』とも知られる)の前奏を奏で始めると、人々は力強く歌い、その歌声はベルリン市の隅々にまで響き渡った。その後もドイツの国家や軍歌が次々に歌われた。
やがてグローセ・ハレに到着した総統の柩は、その中央にある神殿状のホールの真ん中に置かれた。国会は完全に閉会とし、ここで葬儀を執り行うのである。
総統の遺体に対面することを許されたのは、ドイツの政府高官と各国から招待されたほんの一握りの人間だけであった。
その中には常設国連軍の代表として妙高とツェッペリンも含まれていた。どちらかと言うと総統の遺言に従ってツェッペリンを招待するのが主で、妙高が呼ばれたのは序列を乱さない為の配慮であろう。
「もっと、お話しておけばよかった……。こうなることを、予見できた筈なのに……」
「ツェッペリンさん……」
総統の柩を見詰めながら、ツェッペリンは涙を零していた。妙高はただ傍にいることしかできなかった。
人々は順々にヒトラーの柩の前に案内され、その遺体の前で一礼していく。すぐに妙高とツェッペリンの番が来た。ツェッペリンは覚束ない足取りで柩まで歩く。
「我が総統……。本当に……もう、いないのですね……」
「ツェッペリンさん、その、あんまり時間をかけるのは……」
「……ああ。分かっている」
ツェッペリンは涙を堪えながら、深呼吸を一つ。
「どうか、我々を天から見守っていてください。我が総統の望みは、必ずや私が叶えます」
ツェッペリンは総統の遺骸に敬礼した。妙高も軍人らしくそれに倣う。式次第を乱してはいけないので、二人はすぐに撤収した。
「ツェッペリンさん、大丈夫ですか……?」
「ああ、大丈夫だ。我は、我が総統の遺志を未来永劫伝えていかねばならぬ。こんなところで泣いている暇などないのだ」
「妙高も、ご協力します」
「そうか。頼むぞ」
ツェッペリンがやや立ち直ったところで、一人の男が話しかけてきた。
「久しぶりだね、ツェッペリン」
「ゲッベルス……。貴様は引退しただろ。何でいるんだ」
「ついこの間まで現役だったし、我が総統の直接の後継者ということになっているんだ。来ない訳にはいかないだろう」
「……で、我に何の用だ?」
「常設国連軍によろしく頼むと言いたいだけだよ。今後、僕は政治に関わるつもりはない。だからドイツとも仲良くやって欲しい」
ツェッペリンはドイツとの窓口ということになっており、ドイツと国連軍との関係にそれなりの影響力がある。
「お前の後継者、キージンガーとやらが、余計なことをしないのであればな」
「安心してくれ。ペーター・シュトラッサーを解体したりなんてしないよ。そのうち日本に倣って新型の空母に生まれ変わってもらうのは確定的だが」
「それは構わん。まあ、国連軍とドイツが仲良くできるかは、ドイツ次第ということだ」
「と言うか、ツェッペリンさん、まだシュトラッサーさんに本当のことを言ってないんですか?」
「……別に我は感謝されたくて脱走した訳でもない。現状維持が一番いいと判断したまでのことだ」
「そうですか……。妙高は仲直りした方がいいと思いますけど……」
「君にもドイツのことをよろしく頼むよ、妙高」
「もちろんですが、ドイツを贔屓するようなことはしません。どんな国でも平等に扱わせてもらいます」
「僕はそれを望んでいる。よろしくね」
総統の葬儀には全世界から有力者が集まり、いわゆる弔問外交が活発に行われた。これもまた、僅かながら世界を安定化させることに繋がったと言えるだろう。
ヒトラー総統亡き後の総統の地位については議論が分かれたが、やはり総統の地位に相応しいのはアドルフ・ヒトラーという個人のみであるとされた。これは従来からのナチ党のイデオロギーの通りである。
アドルフ・ヒトラーは永遠の総統と位置づけられ、総統という地位は実質的に廃止された。大統領兼首相というのが、ドイツ国の最高指導者の称号として固定されたのである。




