国連海軍の新入り
一九五九年八月十三日、フロリダ海峡、海上要塞。
常設国連軍の本拠地はキューバと定められた。国連軍の中核はやはり旧月虹であり、キューバが常設国連軍について特別の地位を持つことに、各国とも異論はなかった。まあちょうどいい中立国に面倒事を押し付けただけとも言えるが。
常設国連海軍(今のところはほとんど月虹)はフロリダ海峡に浮かべた海上要塞とキューバの港湾を利用している。今後は国連軍予算を使ってキューバ沿岸に幾らかの海軍基地を建設する予定であり、艦艇の収容能力については問題ないだろう。
また、国連陸軍および国連海軍についてもその本拠地はキューバと定められ、キューバ国内に大規模な基地が幾つか建設され始めている。キューバとしてはそこに勤務する国連軍軍人相手に商売することで大量の外貨を獲得できるので、悪い話ではない。
さて、瑞鶴は国連海軍の旗艦という位置づけで、その運営の大半を差配していた。その業務の中には各国から購入する艦艇を選定することも含まれている。
「うーん……。お姉ちゃんが来たがってるねえ……」
日本から妙な電報を受け取って、瑞鶴は頭を抱えていた。翔鶴が国連海軍に移籍することを望んでおり、帝国海軍はほとんど譲渡といってもいい値段で翔鶴を売却してくれるという。
「おやおや。お困りですか、瑞鶴?」
揶揄うように話しかけてくるのはエンタープライズであった。エンタープライズは当然のように国連海軍に所属しており、しかもアメリカ連邦との折衝担当という重要な役目を担っている。言ってしまえば瑞鶴の側近とも言える立場だ。
瑞鶴は帝国海軍から伝えられたことをそのままエンタープライズに伝えた。
「なるほど。翔鶴はあなたを取り戻したがっていましたが、それが不可能になったからには一緒にいたいのでしょうね。驚くべきことではありません」
「あんたはどう思う?」
「私にとっての問題は、あなたの心が翔鶴に取られることです。あなたは翔鶴のことをどう思っているのですか?」
「そうね……。正直、あんまり仲良くできない気がしてるわ。多分だけど、お互いに想像してる相手の姿がズレてるのよ」
「それはまた、どういうことです?」
「私も翔鶴お姉ちゃんも、長らく直接会ったことはなかったわ。だから、相手の性格を勝手に想像して決めつけてたってことよ」
「ふふ。15年前のあなたが妄想の翔鶴と話していた、みたいなことですか」
「殺すわよ……」
瑞鶴は大東亜戦争でエンタープライズに諭されるまで、翔鶴の妄想に取り憑かれていた。思い出したくもない記憶である。しかし、瑞鶴は無意識のうちに現実の翔鶴を妄想の翔鶴と同じものだと想像していた。両者のズレが翔鶴と瑞鶴の不和の原因であろう。
「そんな調子であれば、私としては問題ありません。せっかくほとんどタダみたいな値段で空母を一隻手に入れられるのですから、受けない手はないでしょう」
「そうね。流石に、個人的な理由でこんな申し出を拒否したら、旗艦失格よね」
「私としては、あなたが旗艦だろうが何だろうが、一緒にいられれば何でもいいんですが」
「はいはい。あんたを手放すことはないから安心しなさい」
「おやおや。情熱的な告白ですね」
「んな訳ないでしょ。私は大和以外に興味なんてないわ」
実際、世界でたった二隻しかない原子力空母を手放すなど論外である。ほとんど無限に海を駆け回れる原子力空母は抑止力として非常に有力だ。もちろん単純な戦闘能力も世界最強だが。
そんな訳で、翔鶴が海上要塞にやって来た。瑞鶴は取り敢えず人払いをして、翔鶴と一対一で話すことにした。
「直接会うのは初めてですね、瑞鶴。私が翔鶴です。あなたのお姉ちゃんですよ」
「それを疑うつもりはないわ。何でここに来たの? お姉ちゃんが望んだからよね?」
「はい。私は国連海軍に移籍することを望んでここにいます。国連海軍に来た理由は単純です。瑞鶴、あなたを守りたいからです」
「……本当に? この前は積極的に私達と戦ってたような気がしたけど」
「全てあなたを守る為です。月虹を倒してあなたを帝国海軍に連れ戻せば、あなたを守ることができますから」
「あ、そう……」
「ですが、今やそれは不可能になってしまいました。あなたと共にいるには国連海軍に移るしかないのです」
「そう。まあ筋は通ってるわね」
翔鶴の行動原理は瑞鶴を守ること、ただ一つなのである。もっとも、今でも月虹を認める気がなさそうなのは、やはり瑞鶴とズレていると言わざるを得ないが。
「私を疑っているのですか、瑞鶴?」
「いいえ、そんなつもりはないわ。まあ、過去のことは水に流しましょう。国連海軍に入ってもらったからには、面倒なことは考えなくて済むわ。ただ一緒に戦ってくれればいいだけだもの」
「完全に賛成しかねるところではあるのですが、こうなった以上は国連軍の地位向上に努めましょう。ここではあなたの方が上官なのですから、遠慮なく私を使ってくださいね」
「そうさせてもらうわ。とは言え、そんなに上とか下とかは気にしないで。そんな厳格にやってる組織じゃないのよ、私達は」
翔鶴は納得できない様子であったが、わざわざ抗議するほどではないと判断したのか、瑞鶴の言う通り、瑞鶴に過度に畏まらないように努めてくれた。




