ドイツにて
一九五九年七月二十七日、ドイツ国大ベルリン大管区ベルリン、ミッテ区新総統官邸。
常設国連軍の創設が可決されたことを受けて、ヨーゼフ・ゲッベルス大統領はいつもの国防軍最高司令部会議を開いていた。
「これで、軍事費をそれなりに削減することができる。我が国の財政にずっとのしかかっていた負担が減れば、より国内問題に予算を投下することができるだろう」
「もっとも、まだ軍縮が決まった訳ではありませんがね」
陸軍最高司令官のハインツ・グデーリアン元帥は言った。
「ソ連も日本も、その他の軍事大国も、軍縮を望んでいることは違いない。常設国連軍の体制が整えば、いずれ世界は軍縮に舵を切るだろう。それは時間の問題だ」
「海軍としては、今後の戦争の形態が大幅に変化していくことを予想しています。量より質の時代が来るでしょう。軍縮をしつつも軍備を近代化、合理化し、実質的な能力は向上させることができるかと」
海軍総司令官のカール・デーニッツ国家元帥は、大日本帝国海軍としておおよそ同じ結論に達していた。まあ彼の場合は潜水艦の技術がより発展するだろうと睨んでいたが。
「陸軍の方でも、その傾向は同じなのでは?」
「ええ、そうですね。これからの戦争はより少数の専門的な知識を持った兵士によるものになるでしょう。ゆくゆくは徴兵制を廃止し、軍隊を完全に職業軍人のみで占める時代が来るものかと」
「ああ。きっとそうなる。だから軍縮というのは、世界的な傾向になってくるだろう。まあ、これから数年で起こるようなことじゃないだろう。僕達が引退した次の世代に、軍のことは任せることになるだろうね」
「我が大統領も、ご引退を考えているのですか?」
デーニッツ国家元帥が問う。
「僕ももうすっかり老人と言ってもいい歳だ。引退してもおかしくはないだろう」
ゲッベルス大統領は今年で62歳である。国家の最高指導者としては寧ろ若い方に属するが、引退してもおかしくはない年齢だ。
「スターリンは75歳で死ぬまで現役だった訳ですし、まだ引退することはないと思いますがな」
「今すぐにということじゃない。とは言え、そう遠い未来でもないだろうがね」
「つまり、後継者はもうお決まりだと?」
「僕の中では、ある程度はね。まあ、それまでに色々とお膳立てはするさ。民主主義は退けるべきだが、完全な独裁制の維持もまた正解ではない。階級調和を制度化していく必要があるだろうね」
ドイツは様々な面において穏健化し始めているのであった。
○
その頃、グラーフ・ツェッペリンはアドルフ・ヒトラー総統の隠居先である総統別荘を尋ねていた。今回は公式にドイツから招待されての訪問である。
総統は車椅子から離れられず、日常的なことはアトミラール・グラーフ・シュペーの全面的な介護を受けていた。ツェッペリンが以前に会った時より病状が悪化しているのは明らかであった。
「お久しぶりです、我が総統」
「ああ、久しぶり、ツェッペリン。常設国連軍は認められ、君の地位も随分とよくなったようだね」
いきなりその話を持ちかけられ、ツェッペリンは少し驚いた。
「は、はい。これで、私達はようやく世界に承認されました。私達を攻撃することは違法になったのです」
「本当に、よかった。君が安全でいられないかもしれないということが、私の心残りだったんだ。久しぶりに働いた甲斐があったよ」
「……まさか、我が総統が関与しておられたのですか? ゲッベルスがやたらと協力的だったのは……」
実のところ、ドイツは常設国連軍構想を伝えた当初から協力的であった。その理由はよく分からなかったが、下手なことを言ってドイツの気が変わることを恐れ、月虹は何も聞かなかった。
「ああ。私が少し働きかけておいた。本来なら私が政治に関わるのはあまりよくないのだがね」
「そ、そんなことはありません! 今でも我が総統こそが唯一の総統なのですから」
「それはただの名目だよ」
「し、しかし、何故なのですか? まさか私の為ではありませんでしょうが……」
「君の安全の為というのも、理由の一つではある」
「そ、そうなのですか……」
ヒトラー総統が自分の為に動いてくれたと知って、ツェッペリンは照れる。
「それと、ゲッベルスらが軍縮を望んでいることは明らかだったからね。私はそれを少しだけ後押ししたに過ぎない。一部の反対勢力も、私が出れば黙る」
「我が総統は、軍縮に賛成なのですか……?」
「軍事費など、少なくて済むならその方がいいに決まっているのだ。私はドイツの再軍備を行ったが、それはドイツ人の自由と権利を守る為に必要だったからだ。必要でなくなるのなら、減らした方がいいに決まっている。軍需産業による好景気は長続きはしないからね」
「そ、そういうものですか……」
「だからこそ、君達には期待しているんだ。世界の軍縮を進めてくれたまえ」
「も、もちろんです! 我が総統のご期待には全力で応えます!」
「ああ、ありがとう。しかし、私ももう長くはない。ほんの数年のうちに死ぬだろうが、その後も、頼むよ」
「……はい。我が総統のご意志は、私が生きている限り、守り続けます」
「そうか。ありがとう、ツェッペリン」
「はっ……」
総統は跪くツェッペリンの頭を優しく撫でた。




