国連決議
結局、常設国連軍構想に関する国連総会が再開したのは翌日であった。そして再び、グロムイコ外務大臣が瑞鶴に質問を浴びせてくる。
「常設国連軍自身が侵略を企てるかもしれません。常設国連軍が大国に対しても抑止力を持てるような軍事力を有するのであれば、中小国を侵略するのは容易でしょう。そうならないと、断言できますか?」
常設国連軍が国連総会を無視して暴走、或いは反乱を起こす可能性はないのかと、グロムイコ大臣は尋ねる。
「そんなつもりは毛頭ありませんが、それを阻止する為、世界各国から常に査察を受け入れます。好きなだけ常設国連軍の諜報活動を行っていただければよろしいかと」
「なるほど。確かに、何の兆候も出さずに戦争を始めるなど不可能ですな」
「ええ、そうです。国連軍が反乱を起こすなど、考えられません」
「分かりました。それはいいでしょう。ではもう一つ質問です」
「なんですか?」
「戦争以外の紛争、例えば革命な反乱に対して、常設国連軍は動くのですか?」
「国連総会で過半数の賛成を得た場合、戦闘行為の停止を目的として出撃することになるでしょう」
「革命闘争であれば、それは体制側に有利だとは思いませんか?」
「国連軍の監視の下、現在の体制の存続を望むか変革を望むかの国民投票を行います。国民の過半数が革命を支持していないのであれば、それは単なる反乱です」
「なるほど。確かに、人民の意志を反映するよい方法ですな」
「ええ。どこかの連邦や合衆国みたいに、革命の体で国を乗っ取るような行為を許すつもりはありません」
「……当然のことですな」
「他に質問はありますか?」
「いいえ。聞きたいことは十分に聞けました。ありがとうございます」
「どうも」
各国から瑞鶴に対する質問が終わり、いよいよ採決の時がやって来た。各国代表が演壇の前に用意された投票箱に用紙を投入し、全員の投票が終わると速やかに集計が行われた。
結果として、拒否権を行使した国はなく、賛成が大多数を占めた。常設国連軍創設議案は、可決されたのである。
「ふぅ……。よかった……」
瑞鶴は、生まれて一番ともいっていい緊張の糸が切れてすっかり脱力していた。
「こ、これで、大和達は世界に認められた、ということで、いいんですよね?」
「完全ではないけど、これまでと比べれば遥かに状況がよくなったわ。このまま、国連軍としての組織を整えていけば、誰も私達に手を出せなくなる」
「頑張りましょうね……! 大和も、できる限りお手伝いしますから」
「ええ。ありがとう、大和」
国連軍の派遣に関する議決には誰も拒否権を行使できないが、国連軍の予算やその他運用に関するものにはその限りではない。決して容易い道ではないだろうが、瑞鶴が止まることはない。
月虹は常設国連軍海軍部門として発展的に解消された。その際、土佐を除く全ての艦艇はそのまま常設国連軍に編入されることとなった。
○
さて、常設国連軍創設に関する国連総会が閉幕してすぐのこと。ソ連のグロムイコ外務大臣は大阪のホテルに宿泊していたが、そこに一人の男が尋ねてきた。
「よくぞ常設国連軍の創設を上手く誘導してくれた、同志グロムイコ」
「私はあくまで、同志フルシチョフの意志を遂行したまでです。もっとも、これで軍部と政治局の対立が激しくなることは間違いないでしょうが」
「ああ。軍事費が削減されれば、どうやっても軍の影響力は下がらざるを得ない。我が軍には真剣に国家の未来を考えてくれる者もいるが、権力闘争にしか興味のないような無能も多い」
「それはそれは。同志フルシチョフは今後、色々と面倒なことになりそうですね」
「面倒なこと、か。言うじゃないか、同志グロムイコ」
「失礼しました。しかし……これで同志フルシチョフの権力は揺らぎ始めました。失脚まで、そう長くはないでしょう」
「その通り。もうじき、同志フルシチョフには引退してもらうことになるだろう」
「しかし、その後はどうするのです? 軍拡をして軍部の機嫌取りでもするのですか?」
「まさか。同志フルシチョフがせっかく軍部の影響力を削いでくれたのなら、ありがたく党の権限を強化させてもらうだけだ」
「軍部の恨みを同志フルシチョフに押し付けて、自身の権力基盤を磐石にすると。流石ですな、同志ブレジネフ」
この男は、ソビエト最高会議副議長、国家元首の一つ手前の地位にあるレオニード・ブレジネフである。表面上はフルシチョフの忠実な部下として振る舞いながら、フルシチョフを追放する計画を水面下で進めていた。
ブレジネフはフルシチョフの側近として、グロムイコ外務大臣と共に常設国連軍構想がソ連に利益をもたらすと力説し、今回の決定を取り付けた。それは軍部とフルシチョフを対立させフルシチョフを追い落とす計画の一部である。
もっとも、ソ連の軍事費は国家予算の60%を占め、経済を圧迫しているのは明らかであった。ブレジネフにとって、常設国連軍構想の実現は国家運営の正常化と権力闘争とを同時に遂行する手段なのだ。




