一先ずの折り合い
「具体的には何を賠償して欲しいの?」
「損害賠償なのだから、当然賠償金を支払うよう要求する。或いはそれに相当する物資の支払いでも納得するがね」
「賠償金ねぇ。負けた癖に賠償金を要求するなんて、いい度胸してるじゃない」
賠償金は負けた方が払うものというのが普通の感覚である。少なくとも瑞鶴はそう思っている。
「君達が勝ったと言うのか?」
「ええ。今から戦争をやり直してもいいのよ。その時は、こっちの戦艦があんた達を叩き潰すわ。河内と、グラーフ・ローンとプリンツ・ハインリヒ。陸軍軍人のあんたでも、知らない訳はないわよね?」
「仮に和平がならなかったとして、ドイツ海軍はまた助けてくれるのかね?」
東條元帥が尋ねるのは、テーブルの少し離れた位置に座りながら暇そうにしているビスマルクであった。ドイツは今回の会談に際し、代表者としてビスマルクくらいしか送り込んでいなかった。
ビスマルクは比叡が用意した目玉焼きが乗ったステーキに夢中になっていたが、東條元帥に二度呼びかけられてようやくフォークを置いた。
「おっと。そういうことでありましたら、無論、我が軍は引き続き月虹を支援するのであります」
「相応の損害が出ることが予想されるが、いいのかね?」
「それよりも多く日本とソ連の艦艇を減らせるのでありますから、特に問題ないのであります」
ビスマルクは朗らかな笑みを浮かべながら、なかなか挑発的な言葉を平然と言ってのける。
「随分と強気のようだね」
「東條元帥閣下は陸軍の方でありますから分からないのかもしれないですが、我らと貴殿らの戦力差は圧倒的なのであります。客観的に見た事実でありますよ」
瑞鶴ですらやや引く程に挑発的な一言であった。
「随分と自信があるようだね」
「本艦は部下達の分析を信じるだけでありますから」
「なるほど。良い部下に恵まれていると見える」
「ドイツ海軍には優秀な船魄と人間が揃っているのでありますよ」
「まあいい。ドイツの立場はよく分かった。変に言葉を濁されるよりは助かるよ」
「それはそれは。第二次大戦の四英傑のお一人にお褒めいただけるとは、光栄であります」
四英傑というのは第二次大戦開戦時の各国の指導者、アドルフ・ヒトラー、ベニート・ムッソリーニ、ヨシフ・スターリン、そして東條英機のことである。
とにかく、停戦が崩壊してもドイツ海軍が月虹に味方し続けることが明白となった。ビスマルクは交渉は有利にする為にあえて挑発的な言動を取ったのだろう。瑞鶴はこれを受け、東條元帥に対して強気である。
「そういう訳で、飛龍の件についてはこっちに非があるから賠償するけど、鎮守府爆撃の件について賠償するつもりはないわ」
「ふむ。まだ戦争を続けるつもりなのかね?」
「ええ、構わないわよ。帝国海軍を壊滅させるのは個人的には心が痛むけど、仕方ないわ」
「君も随分と自信があるようだね」
「ふふ。客観的な事実だからね」
「なるほど。では、交渉は打ち切りだな。武力によって、もっと分かりやすい結末が出るまで戦うとしよう」
「へえ、そう」
東條元帥も強気に出た。その言葉に妙高などは動揺を隠せなかった。その時点で月虹が本当は戦争継続など望んでいないことがバレバレなのだが。
「それは、交渉を打ち切るということでいいのか?」
「本当に妥協が見出せないなら、それもやむなしよ。でも、交渉を今すぐに打ち切るつもりはないわ」
「妥協案でもあるのかね?」
「ええ。賠償金という名目じゃなく、あくまで弔慰金という名目でなら、金を出すわ」
あくまで勝者は月虹であるが、一方的な攻撃な犠牲となった兵士などには弔意を示すという形である。
「なるほど。賢い選択だ。ドイツから事前にそう言われていたのか?」
「そんな訳ないでしょ。これは私の考えよ」
そんな訳はなく、地上攻撃の賠償を求められた際はこう言えと、ビスマルクから事前に助言されていたことである。まあビスマルクが急に東條元帥を挑発し始めるのは全くもって寝耳に水だったが。
「よかろう。で、その金は君達が出すのか?」
「そんなの、ドイツに出してもらうに決まってるわ。いいわよね、ビスマルク?」
「聞いていないのでありますが……その程度の金額であれば、どうとでもなりましょう。本件についてはドイツ政府から支出するとお約束するのであります」
実際の金額は、国家にとってはほんの端金であろう。ドイツに賠償金の支払いを押し付けることに成功し、月虹が失うものは何もない。
「帝国としては、この2件が解決すれば、君達に要求することはない」
「じゃあ、ソ連からは何かあるってこと?」
「ああ、その通り。デレビヤンコ中将閣下、ソ連からの要求は何でしたかな?」
ここまで静観していたソビエト連邦の代表者、クズマ・デレビヤンコ陸軍中将に、東條元帥は話を振った。
「ソビエト連邦は月虹に対し、この戦闘で失われた、及び損傷した全ての艦艇について賠償を求める」
「こっちも随分と強気ねえ」
どうやらソ連はそもそも負けを認めるつもりがないらしい。まあ日本も負けを認めたという訳ではないのだが。




