ケイマン諸島沖海戦
航空戦力を整えた月虹は、ついに本格的な攻勢に打って出ることにした。瑞鶴は全空母に号令する。
「これより、全戦力を投入して日ソ連合艦隊を叩くわ。目標は、戦艦薩摩に打撃を与えること。撃沈まではしなくていいわ。艦体が傾いてさえくれれば、マトモに使えなくなる」
瑞鶴は薩摩を撃沈することは不可能であると判断し、薩摩を無力化することだけを考えている。
あらゆる軍艦の大砲はその艦が水平を保っていることを前提に設計されており、ほんの少しでも傾くとあらゆる計算が狂い、当てずっぽうで撃つことしかできなくなる。船魄であってもその事情は変わらない。よって、薩摩を傾けることができれば、薩摩を無力化したも同然と言えるのである。
「予め決めておくわね。目標は薩摩の右舷に可能な限り多くの魚雷を叩き込むことよ。左舷には当てないでね」
片舷に魚雷を集中させるのが艦に最も効果的に損傷を与える手段である。反対側に魚雷を当ててしまうと、逆に傾斜が回復してしまうというものだ。
「それ以外は、適宜高角砲を破壊する為に爆撃したり、敵の戦闘機と交戦したりして。薩摩さえ無力化できれば、私達は水上戦力においても有利になる。敵が撤退してくれる可能性が高いわ」
薩摩さえいなければ、51cm砲を持つ戦艦はこちらの方が多くなり、月虹の優勢は決定的となる。日ソ連合艦隊は諦めて撤退する他なくなるだろう。
「主な作戦は以上よ。ここで目的を達成すれば、ほとんど犠牲を出さずに勝つことができるわ。全力で頑張って頂戴」
妙高にそれなりに影響されて、瑞鶴も可能な限り船魄の犠牲を出さずに勝つことを考えていた。薩摩の無力化はその最大の手段。瑞鶴はこの攻撃を成功させるつもりでいた。
「じゃあ……全艦、発艦を始めて。どれほどの損害を被ろうとも、薩摩を無力化する!」
目的は明白であり、迷うことは何もない。瑞鶴率いる月虹航空艦隊は、日ソ連合艦隊に対する総攻撃を開始した。
○
「か、閣下! 敵の航空隊を捕捉しました! そ、その数は……」
「その数は?」
「お、およそ、1,800です!」
「…………」
その数を聞くと、流石の草鹿大将も呆気にとられてしまった。そんな数字を耳にするのは先の国連海軍とアメリカ軍との決戦以来だ。大日本帝国が最も多く生産した零式艦上戦闘機の生産数がおよそ1万2千であるが、その15%にも相当する艦載機が一斉に襲いかかってくるというのだ。
「か、閣下?」
「いや、すまない。まさか月虹がそれほどの航空艦隊を運用できるとは思わなかった」
「飛ばすだけなら問題ないのでは? 瑞鶴にこれほどの部隊を統率できる能力があるのかは疑問ですが」
「確かに、その通りだな。とは言え、敵が無能であることに期待するなど、最も無能な人間のやる事だ。敵が十分に組織的に行動できることを前提に行動するように」
「はっ」
「それで、どうされますか?」
「これほどの数が相手だ。我々の航空戦力は数に劣っている。やはり、防戦に徹する他にないだろう。全ての空母に通達。出せる限りの艦上戦闘機を発艦させ、敵航空艦隊を迎撃するように。そして、全艦に通達。対空戦闘用意」
「「はっ!」」
艦上戦闘機だけを出すことで船魄の処理能力を集中させることができる。月虹に対して質で多少の優勢を得ることができるだろう。
日ソ連合艦隊の航空隊は、艦上戦闘機のみで450機。艦隊から100kmばかり北方に展開し、敵を待ち受ける。
「航空隊、交戦を開始しました!」
「よし。少しでも敵の数を減らしてくれよ……」
戦場は乱戦状態に陥っている。もう連合艦隊司令長官が介入できることは何もない。草鹿大将はただ船魄達に祈ることしかできなかった。
「戦況はどうだ、加賀?」
大将はここにいる船魄の中では最も経験豊富な加賀に尋ねた。
『そうですね〜。我が方が多少有利、と言ったところでしょうか〜。ですが、何せ敵の数が多過ぎるので、そろそろ押し通られる気がします〜』
「敵の爆撃機、攻撃機を優先して攻撃してもらいたいところだが」
『そうしたいんですけど〜、面倒な方々から邪魔されてまして〜』
「瑞鶴とかツェッペリンとかのことか」
『はい〜。邪魔するのが上手い方々ですね〜。小賢しいです〜』
「やはり、厳しいものがあるか……」
『おっと……敵が動き出しました〜。食い止めることはできなさそうです〜』
敵は数の利を活かした強行突破を図る。この十数分の交戦でおよそ二百の爆撃機と攻撃機を落とすことに成功したが、まだ千機近い敵機が米ソ連合艦隊に押し寄せる。
「少しでも追撃して、数を減らしてくれ」
『頑張りますけど〜。あまり期待できなさそうです〜』
「そうか……」
『申し訳ありません〜』
「謝ることはない。それなりに敵を減らせたのは事実だからね」
加賀との会話は一旦打ち切り、草鹿大将は艦隊に命令を飛ばす。
「全艦、対空戦闘用意! 各艦、射程に敵機を収め次第、全力で撃ちまくれ。弾の消費は気にせずともよい!」
結局のところ、敵の大部分を対空砲火で相手することになりそうだ。




